第6章.凶行

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〜マンハッタン・ミッドタウン〜 18:00。 夕方から夜の街に変わる時間帯。 7thアベニューとウェスト57ストリートの交差点に、未だ風格を失わない街のランドマークがある。 音楽ホールの殿堂、カーネギー。 1981年の創業以来、現在でも1シーズンに約250公演が開催される。 続々と集まる人々。 投票日を来週に控え、最後の合同イベント、候補者討論会の開催である。 音楽ではなく、政治的な催しが行われるのは、開業以来初のことであり、様々な批評もあったが、今は亡きマテオ・アンダーソン州知事の偉業として、もう意義を唱える者はいない。 「各自持ち場に着いたか?」 ホールの図が映されたタブレット上に、グリーンの表示が次々とついていく。 市警は州警察も動員し、厳重な警戒態勢をとり、各入口には見えない様に十字架が飾られていた。 『呪われた選挙』とまで報じられた今回。 人々の意識は当然高まる。 全てのテレビ局は、それぞれに趣向を凝らした演出で、生中継放送を開始していた。 「凄い人だな。これじゃ警護しようにも…」 「美優さん、千尋さん、2人は会場の邪心や邪気に集中してて。私は候補者のに集中するから」 今回の事件は、この選挙に関連していることは明らかと考えられた。 3人の候補者は、一番有力な容疑者である。 ステージには、ソフィア現市長に代わり、急遽進行役に抜擢された、キャサリン署長が立つ。 ステージ上から警備の目を光らせられ、最も信頼される人物として選ばれたのである。 「会場の皆さん、ニューヨーク市警本部のキャサリンです。この役を私がするとは思ってもいませんでした。ご存知の通り、今回の市長選挙は、異例の事態下での開催です。無事に白熱した討論が行われることを祈ります」 盛大な拍手が沸き起こる。 「ありがとうございます。では、候補者に登場していただきましょう。まずは、このシティの発展と平和にご尽力頂いている現市長、ソフィア・ジャクソン候補」 シンプルなブラウンのドレスに驚く観客。 普段は、派手なブランドファッションの彼女。 中年女性のみならず、若年層も注目していた。 舞台右側のスタンドマイクの位置に立った。 最終出馬のため、メディア席からは遠い。 「さすが、どんなコーディネートでも見事に似合っていますね。お手本にさせてもらいます」 本音とも皮肉とも取れる言い回しに、客席から微妙な笑い声が聞こえる。 「次は唯一の男性候補…」 絶妙な間が『唯一』=『1/3』の笑いを取る。 「へぇ…キャサリン署長も冗談言うのね」 「みたい…ですね。初めて聞きましたけど💦」 警備しながら通信機で紗夜が呟き、アレンが一同を代表して応えた。 「今やウォール街のボスとも呼ばれる、ダグラスコーポレーション社長、バズミール・ダグラス候補」 銀のラメ入スーツに、金糸のラインが煌めく。 出て来た途端、黄色かピンクの声援が響いた。 舞台左側の位置に着く。 軽く手を上げるだけで、声援が反応する。 「お客様、どうか落ち着いて下さい」 本音とも冗談とも取れるキャサリンの一言。 男たちの苦笑する声が聞こえた。 「あれは本音ね」 「ゴホン!…警備に集中しなさい💧」 事情を知っている紗夜が呟き、秘密を知ってしまったハリス課長が注意した。 「最後に、紅一点!…あっ、失礼しました」 キャサリンがソフィアに向けて謝罪し、苦笑いで手を振るソフィア。 「やるじゃない」 「こらっ💦」 「ネイティブ・トレーニング・カンパニーのCEOであり、人権問題の改革に取り組む非営利団体『NARO(ナロー)』の創始者でもある若きヒロイン、メアリス・アイリーン候補」 「オォ…」 胸元から肩出しの、黒いミニのタイトドレス。 男性陣は勿論、女性陣からも声が漏れる。 大きなバックモニターには、靴元から美脚、腰、胸元を辿り、顔までが舐める様に映る。 「2カメ、3カメ、寄り過ぎです。ご注意を」 キャサリンが忠告し、爆笑が沸き起こる。 が…演台からわざと前に出たミニスカの署長が、今度はカメラの的となる。 (あら、どこにもいるのねミニスカポリス💧) 同じ刑事課の先輩、鳳来(ほうらい) (さき)を思い浮かべる紗夜であった。 〜ホワイトハウス〜 スミス大統領にコーヒーを出し、下がる秘書。 「ブッ💦ゴホッゴホッ…」 テレビを見ていた大統領が、コーヒーを吹き出してむせた。 「大統領❗️どうしました⁉️」 「いや、ゴホッ…大丈夫、何でもない💦」 映し出された妹の美脚のアップに、慌ててテレビを消す、スミス大統領。 近寄る秘書を手で制した。 「い、いいから下がりなさい」 不思議に思いながらも出て行く秘書。 (全く、キャサリンは何をやってるんだ…) ホワイトハウスの、平和な一コマである。
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