第6章.凶行

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カーネギーホールの舞台に、3人の個性的な候補者が出揃った。 「ではこれより90分間、討論を開始いたします。尚、3人の主張への賛否について、客席の皆さんは、ご入場の際に渡したスイッチを押してもらえば、モニターにグラフで表示されます。試しに、今の支持数を見てみましょう。皆さん支持されてる候補者の『Support』ボタンを押してください」 モニターに表示された3人のグラフが伸びる。 そして、ほぼ同じ高さで止まった。 「ありがとうございます。本日は公平にするため、事前に確認したアンケートを元に、支持数が同じになる様に、お客様を調整させて貰いました。この様に、リアルタイムに発言の支持数が表示されます。各発言毎のグラフが表示され、不支持の発言であれば、『Disapproval』のボタンを押してください」 「ほぅ…なかなか面白い趣向だな」 アレンの呟きが聞こえる。 「さり気なく右下に、TERRAコーポレーションのロゴが付いてるわね。さすがラブさん💧」 紗夜の呟きで、一同がそれに気付く。 「では早速ですが、ニューヨークシティの貧富格差の対処について、15分間お願いします」 キャサリンの出したテーマに、真っ先に声をあげるソフィア現市長。 「貧富の格差…として問題視すべきは、ネイティブアメリカンとその他の人々の格差です」 いきなり本題を持ち出した。 「未だに、『ザ・ホール』と呼ばれる地区が存在し、警察でさえも敬遠しています」 わざとキャサリン署長を見て話す。 「真面目に働いても、基準賃金が最初から違うところがほとんどです。まずは彼らに、一定の水準の生活基盤を整備して救済し、街の公平で新たなスタートラインを作ることが必要です」 会場にはネイティブアメリカンは少ない。 しかし、意外にも支持数が大きく伸びた。 「さすがは、『AESC』(アメリカ経済支援センター)のセンター長、いかにも…のご意見」 含みを持たせたメアリスの言葉。 それだけで、支持数が上がる。 「貴女のセンターで働く人達の話は、以前マスコミが取り上げた通り。もっとも、直ぐにあの州知事によって規制されましたが…とても公平さに欠ける扱いです」 一気に支持数が跳ね上がる。 「彼女を推薦しながら、自らのPRに利用したことへの報いね」 「それにメアリスの話は事実だしな。美優さんがセンターで確認して教えてくれたが、言ってることと真逆だ」 警備する警察官達も、討論会は気になる。 紗夜達の裏の呟きも、興味津々で聞いていた。 「メアリスさん。貴女は逆に、ネイティブアメリカン以外の人を、露骨に差別しているじゃないの。一緒に行動していて、危険を感じたくらいよ!」 「おやおや、同じスー族出身が仲違いするには、かなりマズい場所だと思いますが…互いのことより、このシティに目を向けるべきです」 紳士的な笑顔で語りかけるバズミール。 決して(おご)らず、冷静沈着なこの姿勢こそが、彼をウォール街の玉座(ぎょくざ)に導いた。 「ザ・ホール…については、国からの援助との名目で、ダグラスコーポレーションとTERRAコーポレーションが整備することを計画しています。従って、それは市長選とは無関係な事業。それより、雇用における互いのリスクについて論じた方が、発展的だと思いますが、いかがかな?」 ダグラスとTERRAの提携。 メディア各社は、初耳の新ネタに騒つく。 「彼…うまく2人の窮地を救ったわね」 紗夜の言う通り、観客もTERRAの話題には敏感であり、醜い言い争いは流れ去っていた。 90分の時間は直ぐに過ぎ、各候補はそれぞれので、政策を表明し、互いの相違点に激論を交わした。 最初()され気味だったソフィアも、その実績と経験から出る政策は、畑違いのバズミールと、民族に(かたよ)った思想のメアリスより具体的でリアルさがあり、結果はほぼ同じ支持数となった。 「大変お疲れ様でした。白熱した討論でしたが、会場含め逮捕者が出ることはなく、無事に終えることができ、ホッとしています」 会場では笑いが起きるが、本音であった。 目に見えない人知を超えた敵。 備えようもない事態である。 「すみません。少しいいかな?」 終了ムードの中、バズミールが声を上げた。 「はい…勿論いいですけど何か?」 計画していたテーマが減り、予定より早く進んだため、生放送上困っていたところ。 「せっかくの討論会なので、最後に知らせることにしましたが…今回の市長選を辞退しようかと考えています」 「えっ?」 サラッと、笑顔で発言できるものではない。 しかし、それをするのが彼である。 「正直なところ、周りに()されて、成り行きでこうなってしまいましたが、今日のお二人の話を伺い、やはり私が住む世界ではないと感じました」 「そんなこと許されないわよ❗️貴方を市長にと、頑張ってくれている方や、シティの皆さんに申し訳ないとは思わないの⁉️」 当然ながら、ソフィア市長が食いつく。 「それは十分に承知しています。実は先日、諦めていた娘の体調が回復し、これからはもっと寄り添って、一緒に生きていきたいと言う親心に目覚めたのです。TERRAとの提携で事業も新たな局面に向かいます。親として、また企業家として、私のするべきことは、政治じゃないと考えました」 しみじみと話すバズミールに、客席の騒めきも収まってきていた。 「命が…惜しく、  なった」 ポツリと、メアリスが呟いた。 「死ぬのが…怖く、 なった」 何故かは分からない。 その場にいる全ての人、テレビで観ている全ての人が、謎めいた呟きに固まった。 紗夜、美優、千尋の3人を除いては。 (彼女…これは言霊(ことだま)(たぐ)い…) 「言霊?」 美優の心のに紗夜が尋ねる。 「みたいだが、アメリカにもあるのか?」 「言霊は、霊力を持った言葉。それにより、人の心を支配し、思い込ませる厄介なもの」 「あの女、只者じゃないな」 千尋と美優は、最初から気付いていた。 「紗夜さんも、彼女の心は読めないよね?私も彼女の過去も未来も、何も視えない」 「調べてみる必要がありそうね」 舞台袖で、そんな会話が交わされているとは知らず、我に返ったバズミール。 「えっと…何のことかは分かりませんが、私の件はまだ考えているまで、関係者と相談して決めるつもりで、勝手に消えたりはしません。ご安心を」 「そ…そうですよね💦。びっくりしました。では、今夜の討論会はこれで終了します。お疲れ様でございました」 こうして、新たな疑問を生んだまま、閉幕となった。
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