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〜マンハッタン区ミッドタウン〜
5番街の中心部に、周囲をビルに囲まれた、セント パトリック大聖堂がある。
アトラス像で有名なロックフェラー・センターと向かい合うように聳え立つ、高さ約100mのニューヨーク最大の聖堂教会である。
柱や壁、天井は白を基調とし、ステンドグラスの青い光が美しく趣きを添える。
壁際には礼拝堂がいくつも並び、それぞれに見事な祭壇が設えてある。
高齢の大司教が体調を崩し、ここ暫くは息子のトーマス・フェデラー神父が、留守を預かっていた。
夜の大聖堂に、20人ほどが集まっている。
運び込まれた青年は苦し気に喘ぎ、祭壇に乗せられ、手足を修道士達が押さえている。
時折り、言葉とも呻きとも取れる声を発し、真っ赤な瞳が周りを睨み付ける。
「さて…始めましょうか」
ベージュに金糸の刺繍が輝く、煌びやかな衣装を纏ったトーマス牧師が、祭壇に近付く。
教を唱え、助祭から聖水の盃を受け取る。
激しく抗い始める青年。
「この青年に憑く哀れな者よ、我の声を聞き、ここから立ち去れ!お前の行くべき場所へ、神の導く場所へと行け!」
手を聖水に浸し、言葉と共に投げつける。
「行くべき場所へ、神よ導きたまえ!」
「ウガッァアアア…マダ…グッアー❗️」
真っ赤な目を見開き、片腕を押さえる修道士を睨みつける。
その恐ろしい声と目に、思わず手が緩む。
その隙を逃さず、片腕を振り解く青年。
「邪魔者ハ、ゴロズ❗️」
上半身を起こし、鋭く伸びた爪を振り回した。
「うわぁ❗️」
危険を感じた他の修道士も、手を離した。
取り巻く人々も一斉に後ろへ下がる。
「カルロス❗️」
青年に近付こうとする母親を、周りが止める。
自由になり、ゆっくりと床に素足を下ろした。
「ジャマヲ、ズルナ!」
真っ直ぐに神父を睨み、不気味に微笑む。
「神よ、この哀れな魂を導き賜え!」
全く動じず、十字架を片手にかざし、唱えながら聖水を浴びせるトーマス神父。
「グァ!」
たまらず後ろを向き、祭壇に手をつく青年。
逃げ出したくなる恐怖を、必死で堪える助祭。
聖杯を持つ手が震えている。
ここぞとばかりに神父が近付いて、背中に十字架を当てた。
「憐れな者よ、神の導きに従い、立ち去れ❗️」
力強い声で唱え、十字架を押し付けた。
「ヴァアアァアア❗️」
青年がのけ反り、大きく口を開き吠えた。
神父が、一歩下がる。
それを境に、力尽きたかの様に崩れ落ち、顔を両手で覆って床にうずくまる青年。
「カルロス!」
母親が皆を振り切って駆け寄った。
「かあ…さん?…母さん❗️」
「カルロス❗️」
正気に戻った青年と母親が抱き合う。
真っ赤だった目も普通に戻っていた。
「もう大丈夫。取り憑いていたモノは、神の元へと導かれました」
優しい声で、トーマス神父が告げる。
「オォ…!」
周りから驚きの声と、拍手が湧き起こる。
「ありがとうございます、神父様」
涙を流しながら、母親が礼を言う。
「やっぱり、本物のエクソシストだ!」
取り巻きの一人が呟き、騒めく皆んな。
それへ向いて告げる神父。
「私はエクソシストではありません。彼に取り憑いていたのは悪魔ではなく、憐れな人の霊魂。私は除霊をし、それを導いただけです」
「どうであれ、神父様の力は神の力。ありがとうございました」
落ち着きを取り戻した皆が、神父を讃える。
「念のため、これを持って帰りなさい。彼は優しさ故に、彷徨う者に頼られてしまう。これがこの先、彼を護ってくれます」
トーマス神父が、布に包まれた箱を渡す。
「では皆さん、今夜はお疲れ様でした。おやすみなさい」
挨拶をして、帰って行く皆んな。
「神父様、お見事でした」
「無事に済んで良かった。私達ももう休みましょう。ご苦労様でした」
修道士と助祭に告げて、全てが終了した。
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