第1章.兆し

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〜ニューヨーク市警本部〜 広めの応接室に集まった面々。 かなり異質な空気が漂っていた。 「さて、TERRAコーポレーションのラブさんから、大まかな話は聞いたが…」 「まずは、私から説明します」 ハリス課長の困惑する心を読み、紗夜が話しを始めた。 〜2日前〜 東京都医科大学病院内に設けられた、精神異常犯罪者専用の特別精神科病棟。 そこから、東京お台場にある警視庁凶悪犯罪対策本部、刑事部刑事課の宮本(みやもと)紗夜(さや)に呼び出しの連絡が入った。 面会希望者は、紗夜達が逮捕した猟奇殺人犯の菊水(きくみず)千尋(ちひろ)である。 収監されてからの千尋は、模範的な態度で過ごし、いつしか誰もがその凶行を忘れるほどであった。 病棟内の休憩・談話室で少し待つと、看護師と監守に連れられた千尋が現れた。 女性物の普段着で手錠もなく、整ったショートヘアーに、薄い化粧までしている。 「2人にして貰えますか?」 「あ、はい。いいですよ。入所以来、一度も問題は起こしていませんから、ご安心ください」 面会者が、当人を捕まえた刑事であること。 そして、女性を演じる千尋が、(にせ)の姿であることを知らない2人。 (ありがと…紗夜) 2人には見えない様に、ニヤリと笑む。 紗夜の持つ読心能力を知っている千尋。 言葉は不要であった。 (やはりあなたは…) 逮捕したあの夜、千尋は消えた。 それを紗夜は感じ、確信していたのである。 (ここは壊れた奴ばかりで、なかなか楽しい) (何を企んでる!) 「では、終わったらあのカメラに、手でも振ってみて。直ぐに誰か来ますので」 「えっ…あ、はい。わかりました」 険しい表情になりかけていた紗夜。 咄嗟の作り笑顔が、少し不自然になる。 「大丈夫…ですか?」 「はい💦大丈夫です。すみません」 (クククッ) (笑うな!) 首を少し傾げながらも、2人が出て行く。 「紗夜さん、とにかく座りましょう」 カメラだけでなく、部屋には隠しマイクがあることも知っている千尋。 「そ…そうね。元気そうでホッとしたわ」 適当に会話し、向かい合ってテーブルにつく。 面倒くさいが、知られるわけにはいかない。 (私に何の用が?) (にもよく分からないが…誰かが来いと呼んでいる) (誰か?) 「忙しいのに、来てくれてありがとう」 (毎夜、独りになると頭の中に響きやがる) 笑顔を作り、わざと大き目の声で話す。 「心配してたから、気にしないでいいわ」 (どこへ来いと?) さり気なさを装い、会話に付き合う紗夜。 (ニューヨークだ) 「ハアッ⁉️」 まさか外国とは思わず、つい声が出た。 (しまった!💦) 「そんなに驚かないでよ、紗夜さん」 (バカかお前) 「ごめんごめん、へ〜そうなんだ」 (うるさいわね!行けるわけないでしょ❗️) 「いい考えでしょ?」 (方法は一つだけある。とりあえずは、お前の権限で、ここから連れ出せ) 「そうね、いいんじゃない。力になるわよ💧」 (お前って!あなたねぇ、偉そうに…) 「良かった。じゃあよろしくお願いします」 (時間は余りない。話は後だ) 「こちらこそ」 (分かったわよ!全く) カメラに手を振る紗夜。 千尋に、かつての悪意は感じられず、それよりも強い者の声に、興味と重要性を感じていることを紗夜。 千尋の精神判定と、TERRA(テラ)コーポレーション医療機関の新しい治療法を試すという理由で、数日間警視庁で預かると申請し、不思議なくらいあっさりと連れ出せた。 (まさかあなた、あそこの全員を⁉️) 「紗夜、いつまでやってるんだ!💧」 既に紗夜の車の中である。 は必要ない。 「心配するな。悪いようにはしない。間違った治療を正し、あそこの治安を保っているだけだ。これが意外に面白いからな。ククッ」 (あざむ)かれている可能性はある。 しかし、やはり悪意は感じられず、あそこの状況も予想に反して好印象であった。 刑事部長の富士本(ふじもと)恭介(きょうすけ)と、課長の鳳来(ほうらい)(さき)には、千尋が闇の声から聞いた通りのことと、現状況を報告した。 最初反対していた咲も、紗夜の真剣な言葉と、TERRAのラブが関与することで、了解した。 紗夜とラブへの信頼は厚い。 その足で、TERRAへ向かった。 と言っても、警視庁対策本部ビルの隣である。 「あら、紗夜さんいらっしゃいませ」 もう受付とも顔馴染みであり、ラブに『菊水千尋が面会に来た』と伝えて貰い、応接室へ案内されたのである。 「いらっしゃい、紗夜さん、千尋さん…でいいかな?」 「好きに呼べ」 外見の可愛いからは到底考えられない、引く威圧的な声である。 「突然すみません。しかも…」 チラッと隣を見る紗夜。 「話は聞いてます。こんなに早くとは思わなったけどね。かなりヤバいみたい」 「いったい誰が、何の為に千尋を…」 「それはまだ知らない方がいいわ。紗夜さんは正直だし、昴刑事にてもいけないので。私も詳しくは理解できてないの。でも、が必要なのは確かね」 そう言って、持っていた袋の中身を出した。 「これが千尋さんのパスポート。あと、クレジットカードを用意したから、自由に使って」 ラブが特別に作らせた、TERRAのパスポートとカード、そしてファーストクラスの航空券を渡す。 「何から何までありがとうございます」 「凄いな、さすがだ」 ラブにニヤリと笑みを浮かべる。 「ニューヨーク市警本部の刑事課長、ハリス・パーカーを訪ねて。話はつけてあるから」 それが、訪米のいきさつであった。
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