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「最近、会社の若い子に言われたよ。『まだDVDをレンタルしているんですか』って」
冷めかけたカプチーノをテーブルに置きながら、私は言った。
レンタルショップの最寄りのカフェ。DVDを借りた後の映画談義が、いつのまにか二人の恒例行事となっていた。
「どういうこと?」と、彼が話を促す。
「時代遅れらしいよ。今は、少しの月額で何万タイトルも観られる配信サービスが主流なんだって」
「便利な世の中だなあ」
「本当にね」
「なんか虚しい気もするけど」
「虚しい?」
「便利さと引き換えに、ささやかな幸せを放棄してしまっているような」
「なにやら、含蓄を感じますね。詳しく聞きたいな」
「うーん。まず、何万タイトルもの作品、観きれないよね。僕たちに与えられた時間は有限だ」
「そうだね」
「だから、早計な取捨選択が当たり前になってしまう気がする」
「たしかに。有り難みがなくなるっていうか。レンタルだと、借りたからには全て観なくてはっていう、謎の使命感がわくよね」
「うん。それにさ、映画を観るまでの過程を楽しむ権利を放棄することになる」
「例えば?」
「貸出中が続いてたお目当てのタイトルを、やっと借りることができた喜びとか」
「わかる」
「DVDを入れ替える所作に伴う愛おしさとか」
「それは……よくわからない」
私は苦笑いをする。「僕はさ」と、彼が笑い返しながら言う。
「求めるものに手を伸ばす営みそのものに、人間らしさを感じているんだろうね」
「哲学的だね」
「そうかな。でも、それが出来なくて見落としてしまっている幸せが、自分にも沢山あるんだろうなって思っているよ」
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