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第8話
「「 あ 」」
靴箱の前で、香子ちゃんとばったり会った。そういえば、昨日、少し様子が変だったよね…?どうしよう。悪いことしちゃったのかもだし、いいよね…。わたしを見て唇を噛む香子ちゃんに、思い切って声をかける。
「あ、あの、香子ちゃん、昨日、どうしたの?私、何かしちゃったかな…?もしそうなら、ごめんね…」
わたしが勇気を振り絞って言った言葉は、初夏の朝の生温い空気に溶けていった。空の眩しい青色が、屋根に覆われた靴箱に影を落す。
香子ちゃんは、泣きそうに顔をくしゃっとした。頬に伝っている汗が、太陽を含んで光る。
彼女は、震える唇で笑った。
「ううん。私が変だったの。…本当に、ごめんなさい」
気怠い夏の朝。気の早い6月の蝉の鳴き声。あの蝉は、恋の相手を見つけることができるのか。みんながミンミン鳴いている傍で、ころりと地面に仰向けに転がっている姿が思い浮かんで、蒸し暑さに汗の伝う背筋に鳥肌がたった。
わたしはもしかして、香子ちゃんに、何かしてしてしまったんじゃないのか。焦りのままに言葉を吐き出す。
「ねーーー香子ちゃーーー」
「本当にごめんね、菜々香。ちょっとわたし、変だったのよ。…そろそろ、教室に行かない?」
スリッパを履き終えた香子ちゃんが、わたしたちの教室への階段に登って振り返る。
にこ、と微笑んだ顔はいつも通り綺麗で、湿気なんてないかのようにボブヘアーは整っていた。
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