チャンス

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 ついにこの時が来た……!  手が震える。鼓動が早くなる。待て、落ち着けと自分に言い聞かせ、呼吸を整える。  喉がゴクリと鳴った。  視線を上げ、憎き相手を睨む。  ヤツらはこちらの気持ちなど微塵も考えちゃいない。ふかふかで快適な椅子にふんぞり返り、オレたちが這いつくばるのを見て楽しんでいるに違いないのだ。  希望の光は見えた途端に取り上げられ、この手に残るのはクズ同然のものばかり。無慈悲な搾取により、貧しい者(オレたち)は苦しみに喘いでいる。  オレは奥歯をギリ、と噛み締めた。  こんなことがあっていいのか!?  こんな決まり事(ルール)などクソくらえだ!  激しい憤りを抱えながら、オレはなんとかここまでやってきた。  しかし。  もう、この苦しみともおさらばだ。  まだ新しいを指で撫でると、するりと滑らかな感触が伝わってくる。  仄暗い笑みを浮かべ、オレはそのときを待つ。  ——今だ!  手に力を込める。鼓動の音だけが大きく聞こえる。 「うおおおおお!」  異変を察知したヤツの目が見開いた。  もう手遅れだ! 覚悟しやがれ! 「!」  気合もろとも場に放ったのは、6のカード四枚。    新品の、トランプである。 「おおおー!」  歓声が上がり、オレはドヤ顔で現大富豪(ヤツ)を見た。  土曜の午後。  同じ中学の男子四人でなんとなく始めたカードゲームだったが、ここに来てその盛り上がりは最高潮に達していた。  西日が差し込むこの部屋の室温もだいぶ上がっている。オレのテンションもめちゃくちゃ上がっている。  「大富豪」または「大貧民」とは、言わずと知れた有名なカードゲームである。  ルールに則って順にカードを出していき、はじめに手札がなくなった者の勝ち。多様なローカルルールが存在するがここでは割愛する。  四人の場合、一番に勝った者が大富豪、その後は富豪、貧民、大貧民と続く。大富豪は大貧民から一番強いカードを二枚奪い取り、大貧民へ弱いカードを二枚押し付ける。富豪と貧民は一枚ずつの入れ替えだ。  そのため一度大貧民になると、はい上がるのはなかなか難しい。  五回大貧民になった者には罰ゲーム(ペナルティ)という謎ルールも加えられ、ゲームは苛烈を極めた。  だがしかし。  だがしかし!  オレの起こした「革命」によって、強いカードは弱く、弱いカードは強くなる。  つまり!  現大貧民(オレ)の最弱カードたちが、最強カードへと変化したということなのだ!  ニヤニヤが止まらない。大貧民になること四回。崖っぷちのオレも、これでようやく上を目指せる  ——はずだった。 「へええ」  現在三回連続ふかふかの椅子(大富豪)の座に君臨するヤツが、不敵な笑みを浮かべた。  オレは戦慄した。まさか。そんな…… 「じゃ、こっちも出しちゃおっかな」  ヤツは手にしたトランプをバサリと引き抜き、言った。 「!」  場に現れたのは、5が三枚、ジョーカー(オールマイティ)が一枚。 「のおおおおおーーー!!」  オレは崩れ落ちた。  革命失敗。カードの強さは元に戻る。  オレの五回目の大貧民と罰ゲームが確定した。    そのあと披露した渾身のモノマネにより、アツくなりすぎた室温が急激に下がったのがせめてもの救いだ。
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