家なき子・セタガヤを放浪す

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一方でダーチャはこんな状況なのに、動じないというか、逆に楽しんでいるようだった。 「セタガヤってすてきなところだね。」 俺にとっては見慣れた世田谷の光景は、生まれて初めて日本に来たばかりのダーチャにとって、新鮮に見えるようだった。ちょっとした町歩きの観光でもしているつもりなのだろう。 かくいう俺も、かつては忙殺され、社宅と会社の往復で近所の景色をじっくりみる余裕さえ無かったのだ。いい機会と俺もダーチャに便乗する。 入り組んだ道路を駅に向かって暫く歩くと、自然と足が止まる。 蔦の絡まった煉瓦造りの集合住宅(レジデンス)が一棟、坂を見下ろすように建っていて、俺の目は釘付けになった。 煉瓦は美しい反面、高温多湿の震災大国・日本にはあまり適していない建材だ。そのため宅地建設では工法に厳しい制限が設けられている。 だが此処は関東ローム層上に建てられたことをはじめ、複数の好条件が重なったようで、見事なイギリス積みの外壁が奇跡的とも言えるコンディションで維持されているのだ。 時代を感じるものの、流行を取り入れただけの表層的なものと一線を画す趣きと安定感もある。 いいデザイン、いい土建屋、いい職人 徹頭徹尾、いい仕事だ—— こういう建物は、見ていて楽しい。 中の構造も見られたら、もっと素晴らしいのに。
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