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「何だ、食欲ないのか?」
空っぽの丼の上に箸を渡しながら、笹島は訊ねた。
「ああ」
覇気のない返事に、さっきまで可愛い子に意識が向かっていた笹島の表情が引き締まった。
「どうしても辛かったら……辞めるって選択肢もあると思うぜ」
「会社を、辞める?」
信じられないものを見たという顔で、新戸は笹島の顔を凝視した。
「お前なら他の会社でも活躍できるだろ」
「そんな大声で言うなよ」
近くに座った社員が訝し気にこちらを見ていた。悪い、と笹島は声をトーンダウンして謝ると、新戸に顔を寄せて囁いた。
「ここ、なまじ歴史があるせいか、どうも古いやり方に固執する節があるだろ。入るまでこんな社風だとは思わなかった」
一瞬、新戸の頭に高倉や同僚たちの顔が思い浮かんだ。しかし、通勤鞄に忍ばせたスナック菓子を思いだして、首を横に振った。
「……でも、俺やっぱりお菓子が好きなんだ」
「そっかぁ。俺は何となく食品系メーカーって考えてただけだからなー。俺とは志が違うな」
「ありがとう。ちょっと気が楽になった」
礼を言いながら、新戸は立ち上がった。笹島も合わせて席を立ち、食器の乗ったお盆を持つ。
「そっか。まあ、無理すんなよ」
聞き流すでもなく、かと言って深刻に考えすぎるわけでもない。笹島の寄り添い方は丁度いい。
やっぱりこいつに話して良かった。デスクに戻ったら、少しだけお菓子を食べよう。そう思いながら新戸は食器を返却口に置いた。
――そのときだった。
「呑気に飯食ってる場合かよ」
新戸を呼びとめる声が背中を打ちつけ、心臓が急に鼓動を速めた。
振り向けば、爪楊枝で歯の隙間をつつきながら新戸を睨む、高倉の姿があった。
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