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「まあいいや。お前、資料室に異動するらしいしな」
「今、何て……?」
新戸の中の何かがひび割れ始めていた。よろめきそうになりながら、新戸は顔を上げた。
「一回聞いて分かんないのか?異動だよ、異動」
言葉が出なかった。
周りから〝ご栄転〟だな、とひそひそ声が聞えた。
資料室は主に社史を編纂する部署だ。もちろん、新戸も入社試験に臨んでは社史を何度も読み込んだ。だが、企画や営業という花形でもなく、総務や人事という組織の屋台骨でもない部署への異動――しかもこんな中途半端な時期の辞令が意味するところはただ一つ。
すなわち、〝お払い箱〟ということだ。
「なぜ、ですか……?」
「決まってんだろ。ミスが多い、上司に反抗的、おまけにやる気もない」
新戸の肩がぴくっと震えた。
「お前、企画に行きたいとか言ってたっけ?残念だったなあ。ま、伝統ある我が社の歴史でも学んで心を入れ替えろよ」
新戸は金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くした。舌がからからに乾いて口の中にくっついてしまったような気がした。
その後に言われた嫌味を、新戸は覚えていない。高倉のねちっこい声も同僚たちの白んだ視線もすべて身体をすり抜けて、新戸に残ったのは燃えカスのような無力感だけだった。
「おい、聞いてるか……おっと」
楽しげに〝栄転〟を告げた高倉も、新戸の反応の薄さに段々と苛ついていた。もう一度怒鳴りつけてやろうと思った矢先、懐のスマホが鳴った。
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