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「そうか、あいつ亡くなったのか…… まだ若いのに……」
おれは信吾と過ごした幼き日々の思い出を思い出し、冷たく痛い涙を流した。一条の涙の跡を妻が見て、おれに尋ねる。
「あら、どうなさったのですか?」
おれは涙を拭った。濡れた指先は生暖かい。
「ガキの時からの幼馴染が亡くなってな……」
「まぁ、あなたと一緒のお歳でしょう? まだお若いのに」
「ああ…… 明日にはもう通夜だ。喪服の用意を頼む」
妻はウォークインクローゼットに行き、おれの喪服を探しに行った。数分後、戻って来た妻は信じられないものを持ってきた。見るも無残、虫食いで穴だらけになったおれの喪服である。おれが喪服を見るのは大体10年ぶりだ、10年前に亡くなった祖父の葬儀以降、喪服に袖を通した記憶がない。新卒の入社祝いで仕立てて貰った背広のついでに仕立てて貰ったもので、纏った回数は一回しかない。実質、20年近くの放置と言うことになる。これだけ放置していればヒメマルカツオブシムシも喜び勇んで食べに行くだろう。
「仕方ないな。これからのこともあるし、喪服を仕立てて貰わないといけないな」
「でも、明日までには無理でしょう」
全く、聖書にもあるように人の不幸は盗人のようにやってくるとは本当だったようだ。
本当にあいつの死は唐突すぎる。予告もなしにやってきたのだ。
「帰りに二束三文の安い喪服を買ってくる必要がありそうだ」
「あなた、二束三文の喪服をお父様やお母様の葬儀でお召しになるつもりですか?」
「いや、その時の前までにはちゃんとしたものを仕立てて貰うよ。正喪服…… だったか? 両親も気になる歳になってきたしな」
「なら、二束三文の喪服はどうなさるおつもりですか? クローゼットの肥やしになさるおつもりですか?」
二度と着ない喪服を買うのは勿体ない。おれだってそう思うし、妻だって考えは同じだ。
粗忽者を承知で言わせて欲しい。何というタイミングで死んでくれたんだ…… 我が親友よ。
すると、妻が手をぽんと叩いた。
「レンタルでいいじゃありませんか。ほら、駅前に喪服のレンタルやってる会社あるじゃないですか」
おれはスマートフォンを立ち上げ、そのレンタル会社のホームページを閲覧した。
そのレンタル会社は「冠婚葬祭」に関するもの全てを貸し出していた。勿論、喪服のレンタルも行っている。背広上下、シャツ、ネクタイ(黒・シルバー)、礼装靴下、革靴、ベルト、6点セット。通夜・告別式の2日間レンタルの場合はシャツ2枚、礼装靴下2足のサービス付。
一回のレンタルで全てが事足るぐらいである。
「わかった。帰りに借りてくるよ」
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