哀悼の涙はレンタル出来ない

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 おれは会社帰りにレンタル会社を訪れた。カウンターの奥には紳士服販売店やクリーニング店を思わせるぐらいに服がハンガー掛けにされているのが見える。いずれも喪服や礼服である。 おれは係員に渡された受付用紙に必要事項を書いていく、住所氏名年齢は勿論のこと、身長体重胸囲腰回り股下…… 身長や体重はともかく、他は普段測らない場所のためにわからずに筆を止めていると「こちらで測定致します」と、バックヤードに案内されて測定を行ってくれた。 受付用紙を書き終えると同時に、係員がタブレット端末におれのデータを入力していく。 遠目ではあるが「MATCH」と言う文字が見えた、丁度いいサイズの喪服があると言うことだろうか。 それから程なくに係員が喪服を持ってきた。試着室で試着をしてみたのだが、まるでオーダーメイドのようにピッタリなのである。「凄いですね」と係員にお褒めの言葉を述べると「ありとあらゆるサイズの背広を揃えております」と微笑み返された。 その帰り際には「あの、数珠とふくさはお持ちでしょうか」と聞かれ、100均で十分ですよと言うと「これ、サービスです。ご返却の際にジャケットのポケットに入れていただければ結構です」と、高級(たか)そうな黒真珠の数珠と触り心地がツルツルとした絹のふくさを渡された。 本当に至れり尽くせりである。次はいつになるかは分からないが、葬儀一式が必要になった場合はここで借りたいと考えてしまった。
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