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くっついた唇は熱くて、突然のことに思考が停止した。
自分が一瞬おかしくなってしまったと思った。
さらに深く唇を割ってこようとする和久井君をどんと押しのけ、後ろの畳の上にすっ飛んでいたボレロを拾う為に彼に背中を向けた。
「綺麗な背中してる」
はっとしてボレロを拾って、身を固め、息も荒く彼を睨んだ。
「どういうつもり?」
「ねえ、葉波さん。せっかくだからさ」
和久井君がずりっとこっちに近寄ってきて、こてんと首を横に傾ける。
「朝まで俺といる?」
誘うような和久井君の澄んだまなざし。
「冗談はやめてよ」
膨れたら和久井君はくくっと愉しげに笑った。
「だよな。ごめん。今日はありがと。用事思い出したから帰るわ」
和久井君はそう呟くと伝票を取り上げ、襖から出ようとして振り返る。
「危ないからタクシー呼んでもらってね」
一人残されたわたしはやがて運ばれてきたお肉を食べた。同じお肉なのにさっき彼と食べていた時の方がずっと美味しく感じられて、何だか味気なく思えた。
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