ぱた、ぱた、ぱた。

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 傘を持つ手が、震えた。 ――四つんばい、だけど。四足じゃない。……足が四つだけなら、こんな細かい音なんか、しない……!  傘の、薄い布地一枚隔てた向こう側。ばたばたばた、と傘を回すように這い回っているそれ。明らかに、にょろにょろと蠢く何本もの細い足のようなものが見えていた。まるで、無数の繊毛を持つ蟲か何かのように。  それを見て思い出したのは、今日の昼休みに澪ちゃんが描いていた絵だった。まさか、あの絵にあったようなおぞましい怪物が傘のすぐ上に――? 「うっ」  またずしり、と傘が重くなる。私は膝をつきそうになるのを必死で堪えて、両手で傘を支えていた。がくがくと全身が震えて止まらない。バケモノはどんどん重くなっていく。このまま傘に乗せていたら、自分は潰されてしまうのではないか。しかし、振り落としたらそれもそれで恐ろしい。自分の目の前にバケモノが降りてきて襲ってこないとも限らない。  傘を捨てて逃げる?でも自分が手を離したらそいつはきっと落ちて、降り落としたのと同じことになるのでは――。 ――どうしようどうしようどうしようどうしよう!  ばたばたばたばたばたばたばたばたばた。  這い回る速度が速くなっていく。手が重さと恐怖でがくがくと震える。生ぬるい汗で、取っ手を握る手が滑りそうになる。  どうすれば。一体、どうすれば――! 「だからやめておけって言ったのに」  突然、傘が軽くなった。はっとして顔を上げて、私は唖然とする。  一体いつからそこにいたのだろう。黒い傘を持った澪ちゃんが、私の手元を覗きこんでいた。 「やめた方がいいって教えた事は、本当にやめた方がいいんですよ。少し、お利口さんになりましたね、由以子ちゃん」 「あ、あ……」  気配なんかまったくなかった。足音もしなかった。まるでテレポートでもしてきたかのように、突然現れた澪ちゃん。  そして、まるで澪ちゃんから逃げるようにいなくなった、傘の上の化け物。黄色の布を透かしてももう、あの黒い影はまったく見えない。助かったのだと、すぐにわかった。でも。 「もう、そういうものを呼ばないようにしてくださいね」  彼女が笑って、前を歩いていく。地面に落ちるその影は、明らかに人間の姿をしていない。見間違いだと思うには、材料が揃い過ぎていた。 「貴女は私のものなんですから」  私は正直――澪ちゃんが、一番怖かったのだ。
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