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妖精の子
小学校の時、僕のクラスには“妖精の子”がいた。もちろん、本人の背中に羽根が生えていたとか、魔法が使えたとかそういう理由ではない。
ある意味魔法より、もっと凄いことができたのだ、彼は。ただその妖精の子は、学校ではとても生きづらそうにしていた。普通の人間にできないことができる分、普通の人間にできることが難しい子であったから。
「神矢君、あのね。どうして、授業をちゃんと聞けないのかな?」
神矢千央。それが彼の名前だった。小柄で、僕達のクラスでは背の順で一番前。そして、とても大人しい子だった。運動神経も良くないし、成績もあまり良くなかった。――彼の成績が悪いのには理由がある。雨が降ると、彼は雨が気になって他のことがまったく手につかなくなってしまうのである。
この日もそう。授業中に先生に指されたのに上の空、実質無視してしまった形になったので注意を受けたのだった。新任の松原奏恵先生は去年までこの学校にいなかったので、千央が妖精の子であることを知らなかったせいだろう。いや、知っていても千央にしつこく授業態度を変えるように言う先生はいくらでもいたけれど。
「雨の音が気になるそうだけど、ちゃんと授業を聞いて勉強してくれないと。テストでも良い点取れないし……というか、テスト中でも雨が降ってしまうとそのまま手が止まっちゃうわよね?授業に集中できるように、もうちょっと頑張れない?」
「え、えっと……でも、ボク……」
「でも、じゃないの。そういう時は“やります”って言うのよ。できるわね?」
「え、えっと……」
度重なる千央の不真面目(に見える)態度に、松原先生は相当苛々していたようだった。ひょっとしたら、他の先生にも何か言われてしまったのかもしれない。本当ならそう言う話は放課後の教室ではなく、せめて職員室でやるべきものであったはずなのだから。
僕はトイレから戻ってきたところで、親友の満と一緒にその光景を目撃してしまった。見てしまったからには、ほっとくなんてことはできない。
「先生、千央をいじめないでください!」
勿論、大人になった今は先生が千央を“いじめている”つもりなんかまったくなかったことはわかっている。彼女も彼女なりに、少年をまともな人間に育てようと必死だったのだろうちうことは。
でもこの時の僕には、先生が千央をいじめているようにしか見えなかったのである。去年も千央と同じクラスだったから、余計に過敏になっていたのだろうけれど。
「千央はいいんです。雨が降ってる時は、授業中に千央を指さないでください。ていうか、外で他にも大きな音が鳴ってる時はお願いします」
「高橋君……それは、神矢君のためにならないのよ。みんなと同じことが出来るようにならないと、立派な大人になれないのよ」
「千央は、普通の立派な大人になんかならなくてもいいんです。妖精の子だから、立派な妖精になればいいんです!」
「妖精って」
新しいクラスが始まったばかりで何も知らない先生は、心から困惑していたようだった。後から思えば、僕の説明はまったくといっていいほど足りていなかった。まあ、僕もお世辞にも頭がいい少年じゃなかったので(満と一緒にくだらない悪戯をする時はやたらと頭が回るくせに)千央が何で“妖精の子”なのかをきちんと話せるスキルがあったかどうかはかなり怪しいところなのだが。
「千央は、雨が降ってる時は妖精になってるんです。だから、ニンゲンの授業は耳に入ってこないんです。お願いします、先生。千央に、ニンゲンの考えを押しつけないでください」
僕の言葉に、先生は口の中で“そんなこと言われても”ともごもごと呟いていた。
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