雨上がりの心に・・・

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 告白されたのは僕で、フラれたのも僕だ。  高校入学の春、僕には好きな女の子が居た。中学校の同級生で、同じ高校へ進学したバスケ部に所属するショートヘアで背の低い女の子、名前は青野美樹。バスケ部なのに背が低い美樹は、俊敏な動きで相手を撹乱し、ムードメーカーとして味方を盛り上げる。小さいけれど抜群の存在感があって、男女を問わず誰からも好かれていた。  美樹は少しハスキーな声で僕を呼ぶ。 「ケンイチ!」  名前を呼び捨てにされた僕が美樹のほうを振り返ると、おはよう、と大きな声で叫んでくる。僕が曖昧に頷いたりすると、おはよう、と大きな声で返すまで、美樹は何度でも叫び続ける。僕はわざと挨拶を返さず、美樹に何度も叫ばせる。それが僕達のお決まりだった。  美樹は、僕の事をこっそり見つけると、いつもちょっかいを出す。肩を叩かれた僕が振り返ると、美樹はしゃがみ込んで視界から消えているし、膝カックンなんてのは日常茶飯事だった。弁当で最後まで残しておいたウインナーをつまみ食いされたり、自転車に乗って漕ぎ出そうとしたら荷台を掴まれて、走り出すのを邪魔されたり。  だけどニコリとした人懐こい笑顔を魅せられると、何をされたって許してしまう。むしろそういった美樹の些細ないたずらを僕は望んでさえいた。  美樹に対しての感情を恋と呼べるのかどうかは分からない。美樹にはしっとりとした雰囲気など皆無だし、美樹の容姿に女らしさを感じる事もない。だけど教室の中を見渡した時、視界に美樹が入ると、それだけで僕の心は弾み、美樹が居ないと、何となく落ち着かない気がする。だから、好きな女の子、という表現に誤りは無いと思う。  僕に告白して来たのはクラスで一番の美人だった。髪の毛が少し茶色掛かっていて、肌の色が透き通るように白く、瞳の色が薄い。アメリカの学園ドラマの主人公にだってなれそうな程、綺麗な人だ。スタイルは抜群で、高校生とは思えない程、大人びている。ハーフとかクオーターとか、どこかに外国人の遺伝子が入っているんじゃないか、と僕は思った。だけど彼女は純粋な日本人だった。  そんな美人がある日突然、僕に声を掛けて来た。 「横尾くん、今日の放課後って、なにか予定ある?」  彼女がそう言ったのは昼休みだった。弁当を食べ終えた僕が、トイレへ行こうと思って教室を出ようとした時、彼女に呼び止められたのだ。  白木百合、名前と雰囲気がぴったりと重なる彼女は、その澄んだ瞳で僕を見つめる。透き通る声、柔らかい口調、それに僕を見つめる深くて澄んだ瞳。見つめられた僕の心臓が音を立てて撥ねた。  人生には、まさか、と言う名の坂がある。たしか親戚の結婚式で誰かが言っていた言葉だ。前後の脈絡は覚えていないが、この言葉だけが頭の中に残っていた。そして僕に起った、まさか。  白木百合が声を掛けて来なければ、僕は高校を卒業するまで彼女と話す事は無かったと思う。僕にとって彼女は高嶺の花だった。好きとか、嫌いとか考える以前に、住む世界が違う人だと思っていた。  高校入学からたった二ヶ月で、彼女が優秀である事をクラスの全員が認めていた。勉強だって、運動だって、何をやっても優れている。走る姿はカモシカのような美しさがあったし、授業を聞いている姿、本を読む姿、それに文字を書いている姿は、凛として気高く格好良い。英語の発音はネイティブそのものだし、テストの点数だって抜群だった。  僕はそこそこの身長で、そこそこの面構えで、そこそこの成績で、運動神経もそこそこ。そんな僕が彼女に声を掛けるなんて出来る筈が無いし、そんなリスクを犯す必要もなかった。だって住む世界が違うのだから。 「知っての通り、僕は帰宅部だからね。もちろん暇だよ」  僕がそう言うと何故だか彼女はほんのりと頬を赤らめて、駅前に出来たフルーツパーラーへ一緒に行ってくれないか、と言った。  なるほどそう言う事か、と思った。彼女は純粋に、駅前に出来たフルーツパーラーへ行きたいのだ。行きたいけれど一人で行くのは恥ずかしい。一人でスイーツを食べている姿を見られたら、あの子は変だ、と思われてしまう。誰かと一緒に行きたい、だけどまだ入学したばかりで友達が少ない。大抵の子は何かしらの部活動をしているものだから放課後は予定がある。だれか帰宅部の人が居ないだろうか、と探して目に留まったのが、横尾健一。そう僕なのだ。 「あー、あそこね。僕も行きたいと思っていたんだ。いいよ、行こう!」、と僕は言った。駅前に出来たフルーツパーラーなんて知らなかったし、特別にスイーツが好きなわけでもない。甘いものは好きだけど、シュークリームやドラ焼きで充分満足出来る人間だから、高級なフルーツパーラーへ行きたい、なんて思う筈が無い。  だけど、クラスイチ、いや学年イチ、いやいや学校イチの美女であり、才女である白木百合に誘われたら、どんな男だって話を合わせて誘いに乗る事だろう。もしも白木百合の誘いを断れる男が居るとするならば、それは恋愛対象がだけだ。  僕の返事を聞いた後に魅せてくれた彼女の微笑、それを拝んだ時、何か途轍もなく貴重な瞬間に立ち会えたような気がした。白木百合の屈託のない天使のような笑顔。おそらく入学してから今まで誰にも魅せたことの無い無防備な彼女。その無垢な笑顔を独り占めする事が出来た僕は、自分が特別な存在になれたような気分になって、心が舞い上がった。
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