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フルーツパーラーへ入った僕と白木百合は向かい合って座った。間近で見ると益々その美しさに見惚れる。
どんな美人だって、ひとつやふたつ欠点はあるものだ。例えば微かに鼻が上を向いていたり、耳たぶが少し大きかったり、目の大きさが僅かに違うとか、そんなのは欠点と呼ぶに相応しくない些細な事だが、美しいが為に完璧を求めてしまうと、ごく小さな事が逆に気になってしまう、と言うその程度の粗だ。
だけど白木百合にはそれすらも見当たらなかった。
あまりの美しさに僕は白木百合と視線を合わせられなかった。彼女が色とりどりのフルーツが盛られたパフェを美味しそうに食べている様子を見つめる事は出来ても、僕のほうへ視線が移った瞬間、思わず目を逸らしてしまう。見つめ合ったら、至らない部分を見透かされてしまいそうな気がして、僕はずっと身体を硬くしていた。
彼女は帰国子女だった。五年ぶりに帰国した彼女は、どういう経緯かは分からないが僕と同じ高校に入学した。彼女が大人びているのは、海外生活の影響なのだ、と思うと納得できる。同じ高校一年生でありながら、他の女子と明らかに違う雰囲気、それは大人の洗練された美しさもであり、立ち居振る舞いだった。そう言ったものを彼女は海外生活で手に入れてきたのだ。
フルーツパーラーを出ると彼女は海が見たいと言い出した。駅から海までは歩いて十分ほど、僕達は並んで歩いた。肩と肩が触れう程にその距離は近かった。偶然手が触れる事もあった。車道側を歩いていた僕はその近過ぎる距離が気になって少し離れるのだが、彼女はその距離を詰めてくる。車道へはみ出る僕、近寄る彼女、車が来た時、彼女が僕の手を引いた。そしてそのまま僕達は手を繋いで歩く事になる。
顔から火が出るほど恥ずかしい、と言う言葉があるが、まさしくそんな感じだった。どう考えたって僕と彼女は釣合っていない。彼女は僕なんかと歩いて恥ずかしくないのだろうか、そんな事が頭を何度も過ぎった。
浜辺にあった流木に並んで腰を掛けた。しばらく海を眺めていたら、彼女の頭が僕の肩にもたれ掛かった。僕の肩にぎこちなく力がこもる。
そこで僕はキスをした。した、と言うよりも、された、と言った方が正解な気がする。彼女に見つめられて目を逸らす事が出来なくなり、彼女の瞳の訴えに僕は応えた。吸い込まれるようなキスだった。付け加えるならば僕にとってはこれがファーストキスだ。柔らかい唇、つるりとした舌先、それは本格的なキスだった。
その後どういう流れで僕が童貞を失ったのか、それは良く覚えていない。家が近いから、と言われて彼女の部屋に入った記憶はある。だけどそこから先は、キスした時と同じように、彼女に誘われ、それに応えた。彼女に嫌われないよう、無我夢中だった。経験のある彼女と初体験の僕、もしも時を戻せるならば、経験してから彼女と出会いたかった。
彼女の無垢な笑顔に見送られて家を出た時、途轍もない事をしてしまった、と言う罪悪感なのか、優越感なのか、よく分からない感情に囚われた。いつまで経っても心臓はドクドクと音を立てていて、後ろめたい気持ちがあるのに、まだ外は明るくて、眩しすぎる夕陽が恥ずかしい程に僕を照らしていた。
それから帰宅するまで、いや帰宅してからも、人の笑顔を見ると心の中を見透かされているような気分になった。それは、童貞喪失おめでとう、とからかわれているような気恥ずかしさだった。
斯くして、僕と白木百合の交際は始まった。この日の出来事が夢では無かったのだ、と観念するまで、随分と長い時間掛かった気がする。
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