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その日から僕と白木百合は頻繁にデートするようになった。誘ってくるのは彼女のほうだ。彼女が行きたい場所に僕が着いて行く。それは公園だったり、美術館だったり、映画館だったり。ナイターを観に行った事もあったし、カラオケなんかにも行った。誰もが羨むようなデートだ。だから僕は心に問いかける事も無く、彼女の誘いには二つ返事で答える。デートは概ね楽しかった。だけど僕の心の中には、嫌われないだろうか、という不安な気持ちがあったから、トキメキよりも、ハラハラするような緊張感の方が強かった。
彼女はどこへ行っても周りの目を気にしない。腕を絡め、肩を寄せ、キスをせがむ。僕は彼女に嫌われないように望みを叶える。僕の心の中には少しの優越感と多くの葛藤がせめぎあっていた。
白木百合と僕は交際しているんだ、と言う優越感は少しだけだった。それよりも、こんなに素敵な人を独り占めにして良いのだろうかと言う葛藤、それに青野美樹という好きな女性が居るのに、彼女と交際してよいのだろうかと言う葛藤、そもそも僕は白木百合の事を好きなのだろうか、と言う疑問が一番大きな葛藤を生み出している。
僕は白木百合の事を本当に好きなのだろうか……
好きになろうとしている。好きにならなきゃいけない。それに嫌われないようにしなければ。だって僕は彼女のような最高に素敵な女性と付き合っているのだから。だから好きじゃなきゃいけないんだ。嫌われてもいけない。いつの頃からか僕は彼女の顔色を伺うようになった。
青野美樹に対する僕の気持ち、それは白木百合と付き合い始めてからも、変わっていない。相変わらず美樹は僕にちょっかいを出し、僕はそんな美樹に頬を緩める。今までと違うのは、美樹と僕の様子を、白木百合が見ていると言う事だった。
僕と白木百合が付き合っていると言うのはクラス中、いや学校中の誰もが知っている。あまり知られたくは無かったが、人の目を憚らずに接してくる彼女だから隠しようが無かったし、そんな彼女の振る舞いを咎める事なんて僕に出来る筈が無い。だから公然の事実となるのは仕方ない事だった。
美樹はそれを分かっているのに僕にちょっかいを出してくる。まるで僕と白木百合が交際しているのを知らないかのように。僕にとってはそんな美樹の態度が気になる。美樹は僕と白木百合の関係をどう思っているのだろう、もしかしたら快く思っていないのではないか、そんな事を考えるとお腹の真ん中辺りがズシーンと重く感じられた。
ある日、白木百合がベッドの中で僕に言った。浜辺でキスをして彼女の部屋に誘われ、抱き合った後、ほっと一息ついた時だった。
「健ちゃん、青野さんの事、どう思っているの?」
彼女の口調は柔らかかった。だけど僕はその言葉の中に、彼女の憂いを感じた。きっと白木百合は、学校で僕と美樹がじゃれ合う姿を見ていて、それが気に障っている。
「どうって言われても、中学の頃からあんな感じだからさ……」
僕は言葉を濁した。白木百合が聞きたいのは、美樹の事を女として意識しているのかどうかだと思う。それは分かっている。だけど女として意識した事は無い、なんて言ったら、却って怪しまれそうな気がしたから、敢えて曖昧に言ったのだ。すると白木百合は、ひどく悲しそうな目をした。それは世界中の男が手を差し伸べてしまいそうになるほど、衝撃的に愛らしい哀願の目だった。
「私は、健ちゃんの事、愛しているのよ……」
彼女はそう言うと僕に背中を向けた。彼女の真っ白な背中を僕は見つめた。愛しているのよ、に続く言葉を背中から感じ取ろうとした。だけど彼女の背中は何も語ってくれない。その背中はいつも以上に美しく輝いていたが、少し冷たい気がした。
彼女の背中が僕の中の何かを動かした。僕は彼女と並んで歩く時、いつも負い目を感じていた。だったらそう思わないで済むように自分を磨こう、白木百合に恥ずかしい思いをさせないような男になろう、と誓ったのだ。
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