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陸:隠微
気が付けばタクシーの中で眠っていた。目を覚ますと、隣には相変わらずヘラヘラした顔のマダラが座っていた。
周りにはパトカーのランプがチカチカと光っている。
「マダラ、呪いの件は片付いたのですか?」
「おう。あんたが怪異の毒気にやられて倒れてる間にな。護符も効かないとは弱っちまったぜ」
「それは……その、私の鍛錬が足りないのが悪かったのです。ごめんなさい」
なんでもないように言うのだから、参ってしまう。この胡散臭い男は、私が気絶している間に全部を片付けてくれたらしい。
「気にしなくていいって。あんたのお守りも依頼の内だ。警察が呼んだ坊主がガキ共を供養したら、たたりもっけ共も鎮まるだろうさ」
そういったマダラは、タクシーを発進させると椅子の背もたれに寄りかかる。
「呪い屋の妻だったって話だぜ? あの人の良さそうなおばさんがなあ」
「ああ、だから妙なコネクションも持っていたということね」
なにか忘れているような気がする。報酬は……先払いしたはずだし。
首を傾げている私を見て、マダラがからかうように頬に触れてきた。
「気安く触らないでちょうだい。確かに今回の件は助かったけれど……あなたを信用したわけじゃないわ」
「美人に対しては手癖が悪いんだ。悪いねぇ」
この男は、不思議なことに嘘を吐かないのでお世辞でもないのだろう。
ヘラヘラと笑いながら謝罪して、少し離れてくれた斑を見て思う。顔だけはいいこの男を信用してはいけないと。
「それにしても……胎児を遺棄して呪いを振りまくなんて……。さすが便利屋のマダラ、ね」
「お嬢様が一人前の怪物師になるまでは贔屓にしていただきやす」
「お嬢様なんていきなり呼ばれても気持ち悪いだけだわ。やめなさい」
揉み手で露骨なごますりをしてくるマダラの頭を軽く叩いてスマホへ目を落とす。
友人から、具合がよくなったと連絡が来ていて胸をなで下ろしていると、隣からにゅっとマダラが顔を寄せてきた。
彼の美しいだけが取り柄の顔を見てしげしげと不思議に思う。私はなんでこんな怪しげな男にたよってしまったのか。
まあ、今回の依頼も無事に解決したし、実力は確かなのだけれど。
「それにしても……なんであなたみたいな顔が良いだけが取り柄の怪しい男にわざわざ頼んでしまったのかしら……後悔する点はそこね」
「腐れ縁ってやつだろう? あんたらの一族にはなにかと縁がある生まれでね」
「そうだったわね。実力はあるのだし……まあ、そうね」
少しもやもやとするけれど、それはきっとこいつが胡散臭いからだと思うことにした。
タクシーが家の前で止まったので先に降りる。
「じゃあな、沙羅。次の代償は一番大切なものにでもするかい?」
クククッと喉を鳴らすように笑ったマダラが、口の片方だけ持ち上げて意地悪そうな笑みを浮かべながらそう訪ねてきた。
「あなたみたいな怪しいやつにそんな代償払うわけないでしょう。今回はご苦労でした」
鼻で笑って彼に背を向けて、門を潜る。
「あいよ。では、まじない、呪い、悪霊祓いなんでもござれ。便利屋マダラ、またのお声掛けをお待ちしております」
彼が別れの口上を述べ終わると、タクシーの扉が閉まる音がして、エンジン音が遠のいていった。
次期当主代理として一人前になるまでは彼の力を借りないといけないけれど、それもきっとすぐに終わるだろう。
彼と関わらなくなれば、このモヤモヤも消えて無くなるに違いない。
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