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「はうぅ、どないしょ……」
朝の駅はとっても賑わってた。忙しそうな会社員、友達と仲良くお喋りしてる学生、色んな人が行き交ってた。電車が到着する度に、大きな人の波ができる。
だから、ウチは困ってた。
お気に入りのうさぎのパスケースが人波に飲まれて、落っこちてもうた。憧れのロリータブランド――Alice Tripの冬期限定ノベルティ。もう二度と手に入らへんから、大切に使ってたのに……。
あれが無いと、ウチは改札から出ることもできへん。このままやと、学校も遅刻してまう。どないしょ……。駅員さんに言うて出してもらっても、パスケースが無いんは悲しい……。うぅ、視界が滲んできた。
「あの、すみません」
「は、は、はい!」
振り向いた先には、黄金色の髪に、真っ赤な瞳の男の人。耳にいっぱいピアスついてる。インダストリアルをあけてるってすごい。あ、これ、ゴシック系ブランドのIROM MAIDEN GARDENの新作やの。かっこいいしおしゃれやの……。
って、見惚れてる場合やなくて、こんな所に立ち止まってるから邪魔やったんかな? うぅ、どないしょ……。
「アリトリのうさぎのパスケース、落としませんでしたか?」
「あ! ウチの……! ありがとうございますやの!」
男の人はウチにパスケースを差し出してきた。ウチは頭をぺこぺこしながら、パスケースを受け取る。
ちょっと汚れてしもたけど、洗えばなんとかなりそうやの。どこの部品も外れてへん。中のカードも無事そう。踏まれて割れてなくて良かった……。
「では、私はこれで」
「ま、待って! え、えっと、その……ウ、ウチ、何かお礼を、したい、の」
「お礼なんて良いです。たまたま目についただけですので」
「で、でも、こんなに、人がいっぱいおるのに、これを拾って、ウチを見つけて、くれたから……」
「……それなら――連絡先を教えてください」
「ふぇっ! は、はい!」
男の人は少し考えた仕草をした後にそう言った。早速、通話も無料のお手軽アプリの連絡先を交換する。
アイコンが白い猫やの。お目めが青くてまんまるで可愛い。猫好きなんかな? 飼ってるんかな?
「けい?」
「は、はい! ウチ、巴谷けいって言うの。え、えっと、あなたは……えっと……」
読み方がわからへん。そのまま読んで良いんかな? 間違えてたら失礼やし……。
「小焼です。夕顔小焼。後程連絡します」
「は、はいやの……」
夕顔くんは右腕の時計を確認すると、慌てた様子で行ってしもた。
連絡してくれるんなら、待っとこ。どんな人かわからへんけど、落とし物を届けてくれるくらいには、良い人なんやと思う。それに、ゴシック系ブランドのピアスをしてたから、気になる。ウチのパスケースのブランドを略称で言うくらいに知ってるようやったし……お話ししてみたい。
クラスメイト以外の男の人の連絡先……。ちょっとドキドキしてまうの。ウチは嬉しくなって、誰かに聞いてもらおうとタイムラインを開いたところで気付く。
「遅刻してまうやのー!」
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