完璧な兄

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「お前、一体何を考えているんだ!」  医院から兄を引きずって帰り、一喝した。 「何って、結婚だと言ってるじゃないか。ああ、紅茶を淹れてくれ」  兄は大層ご機嫌で、鼻歌まじりでソファへボンッと座る。 「おい、乱暴に座るな。壊れるぞ」 「壊れても俺のせいじゃない。ソファの耐久性の問題だ。……それによりも」  兄はキラキラと輝くその瞳にキッチンで紅茶を淹れる俺を映すと、興奮気味に続けた。 「天使は実在したんだ! あぁ、激しい高鳴りで胸が張り裂けそうだ。彼女と出会えたことを神に感謝しなければならない。すきだ、愛おしい、俺の中から愛情が溢れてくる!」  恍惚とする兄に引きながら、先程の女を思い出す。  これといった特徴がない地味な女で、傷んだ茶髪のショートカットと女にしては背が高かったこと位しか印象にない。  兄が点滴をしている間、俺は家にいて片づけなどをしていたのだが……その時に一体何があったのだろうか? でも俺がそれを知ることはないのだと思う。  俺が日本へ数日滞在する間、兄は俺の目を盗んで毎日医院へ女を訪ねて行った。それは紛うことなきストーカー行為であり、俺は兄を回収に向かい何度も頭を下げた。  迷惑をかけていることは分かっている。だけど、女が不愉快そうな顔をしているのを見たら腹が立った。  やっていることはメチャクチャだが、本来兄はこの女なんかには勿体ない人物だ。美しくもない事務員風情が兄を拒否する神経が理解出来ない。  それに何より、どこの馬の骨とも分からない女が、血の繋がった家族にすら淡白な兄に強い執着を持たれていることが気に入らなかったのだ。  
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