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「へーっ、で文鳥があんた相手にイっちゃったわけ?
さすがに引くわねぇ」
昨日彼氏と別れたばかり、アラサーOLの酉島 羽美は友人である佐藤ゆかりのあけすけな言い方に眉をひそめた。
「誤解のないように言っておくけど、文鳥が飼い主のことを恋人だって認識するのは普通のことなんだからね。
メスだったら卵を生むし、オスだったらその···そういうのを出しちゃうっていうのは結構あることみたいなの。」
「それは飼い始めた頃に聞いたわよ。
大体その、文鳥が飼い主を恋人だって思う、ってとこに惹かれて飼い始めたんでしょ?
彼氏に冷たくされてる寂しさを少しでも埋めようと、ペットショップの売れ残り文鳥に彼氏···まぁ今は元カレの名前までつけて」
「今思うとなかなかに痛いよね、私」
「痛いを通り越して闇深だよ!」
ゆかりは笑うとスムージーを口に含んだ。
「でも思ったより元気そうで安心した!
いくら自分勝手で、他に女の影があるような男でもあんたぞっこんだったじゃない?
実際昨日の電話じゃ号泣してたし」
「なんだかねぇ、昨日あの電話の後···」
羽美はジンジャーエールの入ったコップに立つストローをくるくると指で回した。
「文鳥くんと触れ合ってたらなんかもうあいつのことは冷めちゃったのよ。」
「と、いいますと?」
ゆかりは身を乗り出す。
「電話の時は確かに辛かったの。
どんなダメ男でもやっぱり好きだったから、別れを切り出した後悔とか寂しさとかあったし···。
でもあの電話の後、私が泣きながら部屋から出て行ったら文鳥くん慌てて飛んできたの。
それで必死に私のことを慰めようと···まぁ小鳥の考えることだから全然違うかもしれないんだけど、離れようともせず寄り添ってくれて。
一所懸命に私の周りでさえずってくれて。
ここ最近私、文鳥くんに対してわざと冷たく接してたのにね。
そんなこと気にもしないで私のこと想ってくれる姿を見たら、『あぁ、純粋な愛情って温かいんだなぁ。』って心の底から愛おしく思ったの。
その後に元カレのこと考えてみたら、『あいつってただの1度もこんな必死に私のこと想ってくれたことなかったなぁ』って。
私がデート中具合悪くなった時も、『あー、こんなことならパチンコ行くんだったわ』とか言って不機嫌になったこともあったし。
そしたらもうどの思い出も色褪せて、昨日のうちに写真全消し、SNSも全部ブロックしちゃった。」
羽美は憑き物が落ちたかのように晴れやかな笑顔を見せた。
「改めて聞くととんでもない男よね、あんたの元カレ。
あんたの目が覚めて本当に安心したわ。
ところで、なんで最近文鳥くんにわざと冷たくしてたの?」
ゆかりの問いに羽美は苦笑いする。
「それがね、春になった頃から文鳥くんすごく興奮した様子で、何度も水浴びしたり私がスマホに触ると怒ったりして様子がおかしかったの。
それでかかりつけの獣医さんに見せに行ったら、『春になったので発情したのでしょう。
射精や産卵は鳥の体に負担をかけるので、発情が終わるまで撫で回したり抱いたりといった体に刺激を与える行為は避けてください。』って言われて。
なでなでにぎころしたい心をぐっと堪えて、スキンシップは指にとまらせたり···まぁあとはちょっとチューするくらいに留めておいたの。
けど昨日はあまりの悲しさ寂しさに耐えられず、久々になでなでしちゃって···」
「純情な彼はたまらずイってしまったと。」
ゆかりは耐えきれずに吹き出した。
「発情で飼い主にドキドキしちゃうなんて純情なんだかいやらしいんだか···。
なんにしろあんた達本当に愛し合ってるのねぇ。
鳥とチューだのなんだのってあたしには考えられないわ。
でもそんなに素敵な恋人がいるなら当分人間の男はいいんじゃない?」
「そうね···、文鳥くんレベルに純真で重たい愛をくれる人が見つかるまで人間との恋愛はいいかな。」
羽美はいたずらっ子のような笑みを見せる。
「今度はとんでもないヤンデレ男子見つけてきそうね、あんた。」
ゆかりは肩をすくめてみせた。
「そういえば文鳥くんの名前どうするの?
元カレの名前呼ぶのが嫌だからって、ずっと文鳥くんっていうのも味気ないでしょ?」
「うん、なにか素敵な名前を考えるつもり。
出会った時こそなんかあいつを重ねてみて名前をつけたけど、あいつと文鳥くんは性格も考え方も私へのスタンスも全然違うわけ。
誰かの名前、なんて失礼なことはもうしないで、今後は文鳥くんにしっかり向き合って名前呼んであげたいの。
最初は文鳥くんも戸惑うだろうけど、そのうち慣れていってくれるだろうし。
私と文鳥くんの関係も、ここからまた新しくスタートかな?」
羽美はよく晴れてどこまでも高く爽やかに広がる春の空を見上げた。
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