1音5万円で売っちゃった話

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1音5万円で売っちゃった話

 声を1音5万円で買い取るという噂を聞いた時、僕は借金に追われていた。返済に窮した僕は藁にも縋る思いでその噂の店に足を運ぶ事にした。当然信じてなんかいなかったけど。  都会の喧騒から1歩道を外れ、細道を通る。秋に入っても蝉の鳴き声は健在で、長命な蝉に少しの苛立ちを抱えながら歩いた。  都会らしからぬ木造建築の家だった。それを見た瞬間心臓がドキドキした。新しい玩具に出会った小学生の様な、運命の人を見つけたカップルのような。見た目は昭和の木目が露わになった建物だったが地図によればこの建物らしい。僕はその建物の扉に手をかけて勢いよく押した。 「いらっしゃいませ」  中は図書館に入ったかと見間違える位の本で溢れかえっていた。季節外れの風鈴の音が辺りに鳴り響く。外観からは考えられないくらい美しい内装だった。 「本をお求めですか?」  カウンターから女性が現れる。この店の店主だろうか。手に厚い本を抱えていて無造作にまとめられた髪が美しかった。 「声を売りに来たんです」 「……分かりました」  そう言うと彼女は僕を店の奥に行くよう促した。僕は意図を伺いながらもこの店に来た目的を果たすために彼女について行った。応接間のような小部屋には2つの小さなぬいぐるみと怪しげなランプが置いてあるばかりだった。 「声は日本語にしますか?それとも英語にしますか?」 「え?」 「当店は声を1音ごとに買い取りしております。日本語ですと濁音なども同等の価値で買い取るのでお得ですよ」  彼女の目線は僕の喉に注がれていて居心地が悪い。僕はとりあえず日本語を選択した。 「売る言葉ですが『あ』から『ん』まで一律で5万円となっています。濁音や半濁音も同等です。小文字は買い取り出来ません」 「本当に売ったらどうなるんですか?」 「その言葉を声にする事が出来なくなります。文字に書くことは出来るので、全部売られた方の多くは筆談や手話がメインになりますね」  店主は物憂げそうにそう答える。きっと何十回と同じ問答をしたのだろう。 「どれだけお金に困られても売らないのが賢明だと思いますよ」  この言葉も何回も言ったのだろう。彼女はこの先の答えを知っているかのように振る舞う。
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