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◇
憔悴しきって居室に戻った鶴田亀吉を、ちゃぶ台の前にどっかり腰をすえた令子が睨み付けた。
同時に脇にいた三毛猫が亀吉に向かって、シャーと牙を剥く。
「全部聞こえてたよ! なにやってんだ、おめーはっ!!」
その雷が落ちたような怒声に、亀吉はビクッと体を震わした。
「……だってよお、かあちゃん。これでも居酒屋ヤケクソの常連客で、一番マトモな奴を用意したんだよ」
「あれが、一番マトモだって言うのかい!」
「知ってるだろ。居酒屋ヤケクソに、ろくな客がいなかったのは。これでも事前にしっかり言い聞かせたんだ。だけど、根がダメなやつはどうにもならないんだよ〜」
「泣き言はいい。ちょっとここへ来な」
「は、はい」
亀吉がちゃぶ台の前に正座すると、令子は木製の孫の手で、その頭をポクポクと叩いた。
「痛っ! 痛っ!」
「てめえの頭がぼんくらだから、ちっとは働くように刺激を与えてやってんだ。で、これから先、どーすんだよ!?」
「そ、そりゃあ、常連客から別の男を捜して……痛っ!」
「バカだな! おまえはっ!」
亀吉を殴る手を止めると、令子は刃物のような鋭い目で更に睨み付ける。
「一番マトモなやつで、このありさまだ! 他のダメやつら連れてきたら、もっと酷いことになるだろ!」
「いや、そうだけどよ……」
「そのくらいわかるだろうがっ、おまえの脳みそはウジ虫か! このままじゃ、やっと見つけた客に逃げられちまうぞ! そうなりゃ、この商売もお仕舞いだ。生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ、こっちはっ!」
「はい……」
令子はタバコを咥えて火をつけると、天井を見上げてぷかーと煙を吐き出した。
すこし落ち着いたのか、今度は低いトーンで重々しく口を開く。
「……で、他のプランは?」
「いい男を見つけます……」
「どこで?」
「それは……駅前で声を掛けたり……」
「アラフォーで太った女とお見合いしてくださいって言うのかい?」
「まあ、そうです……」
「それで、喜んで来てくれると思うか?」
「さあ……」
令子は苛立ったようにタバコを乱雑に灰皿でもみ消すと、ふ〜っと大きくため息をつく。
そして、細い目を更に細くした。
「……ワタシに、ひとつ考えがある」
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