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「らひゃっ!!」 総務部に竹下の、珍しく大きな声が響き渡る。 「どうしたの、竹下くん」 彩が隣席の竹下に目を向けると、彼はPCの画面を見ながらわなわなと震えていた。 「ひゃ、社員の登録データ、間違ってぜんぶ消してひまいましゅた!」 「ええっ! じゃあ、すぐにバックアップから復旧して!」 「しょ、しょれが……バックアップごと、消ひちゃいますた……」 「えええっ……!」 なんてことをしてくれるのよ。 営業部をはじめ、人事部や経理部もパニックに陥るだろう。 一応、社員登録データは全て紙に印刷保存してあるので、今日中に登録し直せばなんとかなるかも……。 今は午後2時。今から始めて、間に合うだろうか。 と言うのも、今夜7時からは、大事なヤケクソ結婚相談所の婚活パーティーがある。 初めての婚活パーティーなので、大いなる期待に胸をふくらませていたのだ。 (ちなみに腹はふくらませていない。パーティーのために昼食はカツ丼3杯だけで我慢した) それに、せっかく鶴田さんが私のために企画してくれたんだ。どうしても参加しないと。 気合いを入れて、今日はとっておきのアオママのオシャレレディススーツも着て来たのに。 「杉崎しゃん、す、すびばせん……(泣)」 「やってしまったものは仕方がないよ……とにかく手分けしてデータを入れ直そう。あ、部長!」 いつものように新聞を見ていた部長が、目を上げる。 「部長も手伝ってもらえませんか? 緊急事態なので!」 彩がそう言うと、部長はいつになく顔をきりりとさせた。 「ああ、任せなさい。緊急事態だからな! で、何をすればいい?」 「では、PCで社員情報管理システムを立ち上げてください」 彩はせかせかとキャビネットに向かい、分厚い社員情報のバインダーを引き出した。 中小企業といっても社員はそこそこいる。登録する内容も結構な分量だ。 3人で分担しても、時間はかなりかかるだろう。 なんとか、婚活パーティーが始まるまでに終えないと。 頭がくらくらする。 「あひゃっ! 杉崎しゃん!」 「こ、今度はなに、竹下くん」 「きーぼーどにコーヒー、こぼひちゃいました!」 「……倉庫から、代わりのキーボード持ってきて」 「杉崎くん!」 「なんですか、部長」 「画面が真っ暗のままなんだが……」 「えっと、PCの電源は入れました?」 「電源ってなんだ?」 彼らはサルなのか。 いや、サルに失礼なレベルであろう。 こんな有様じゃ、どうやったって婚活パーティーには間に合わない……。
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