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◇
猛烈な勢いでキーボードを叩き続けて数時間───。
「やった……な、なんとか終わった……!」
彩は大きくため息をつくと、天井を見上げて白目を剥いた。
やっと、担当分である社員情報の登録を終えたのである。
「竹下くん、そっちはどう?」
「こっちも……いみゃ、おわりましゅた……」
部長のほうに目をやると、相変わらず真っ暗な画面をじーっと見つめている。
まあ、いい。もとから当てにしてない。
部長の分は、彩が代わりに済ましてある。
はっと我に返って時計を見ると、とっくに7時を回っている。
婚活パーティーの開始時間を過ぎてしまった……。
やばい、急がなきゃ。
彩は、あたふたと席から立ち上がった。
「杉崎しゃん……」
ふと竹下が、どんよりした目で彩を見つめてくる。
まさか、この期に及んで、別のトラブルを起こしてないよな!?
「ええと、なに? 竹下くん」
「今日はほんろうに、すみましぇんでした……」
どうやら謝りたかっただけのようで、ほっとする。
「まあ、いいよ。別の部署からクレームも来てないし。今度から十分気をつけるようにね」
「はい……あ、あにょ! お詫びに、食事でもおぎょらせてもらえましぇんか?」
いやいや、今はそれどころではない。
それに竹下くんと食事だなんて、想像すらできない。
「ええっと、気持ちだけ貰っておくね。私、ちょっと急ぐから」
「しょ、しょうですか……」
うなだれる竹下を残して、彩は会社を飛び出した。
そして、これまでの人生においてかつてないほどの全速力で走り、婚活パーティー会場へと向かう。
なぜか指定された会場は、結婚相談所のビルの1階にある、つぶれた居酒屋ヤケクソである。
婚活パーティーと聞いて、オシャレなホテルとかを想像していたのだが……。
まあ、いい。いろいろ事情があるのでしょう、と聞いたときは余り気にも留めなかった。
だが、駅から走りに走って、ようやく居酒屋ヤケクソの灯りが見えてきたとたん、彩ははたと足を止めた。
やっぱり、会費1万円の婚活パーティーを、薄汚ない居酒屋で開催するのはおかしい。
場所柄から見ても、いかにも金がなくガラの悪い連中が集まりそうな居酒屋である。
まさか、留三さんみたいな輩たちが集まっているのでは……。
いくら単純な彩と言えども、さすがに不審を抱き始めていた。
おそるおそる居酒屋ヤケクソに接近し、窓から中をそっと覗きこんでみると……。
パーティーはすでに始まっていた。
大勢の男たちがいて、楽しそうに談笑しながら酒を飲んでいる。
予想に反して皆、ちゃんとしたスーツ姿で至極マトモそうに見えた。
歳も30代から40代といったところか。イケメンは見当たらないが、ごく普通の顔立ちの男たちが集まっている。
なんだ、心配する必要なかったじゃない。
彩がほっと胸を撫で下ろしていると、背後からいきなり声を掛けられた。
「杉崎様!」
「ひ、ひぇっ!!」
あわてて振り返ると、そこにいたのは……なぜか割烹着姿の鶴田である。
「お待ちしておりました」
「あっ、あっ……遅れちゃってすみません!」
「いえいえ。男性の皆様は杉崎様をお待ちですよ。さあさあ、中へどうぞ」
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