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◇ ヤケクソ結婚相談所では、土下座する鶴田を前に、彩が腕を組んで屹立(きつりつ)していた。 彩の怒りは、既に限界を突破している。 「鶴田さん! 正直に答えてください!」 「ははっ!!」 「今日のパーティは無料で食べ放題を餌に、ビラを配って会社帰りの独身男性を集めたんですねっ!」 「ははっ!! 左様でございますっ!!」 「そうやって、私を騙したと!」 「め、めっそうもない。騙すだなんて、そんな……」 「じゃあ、なぜ私だけ、会費が1万円なんですかっ!」 「それは……トンカツ用の豚肉の仕入れ代が足りませんでしたので……」 呆れて何も言えない。 いったい、何なんだ。この結婚相談所は。 「……これは、かあちゃんが出したアイデアで、絶対うまくいくって言ってたのにな(ボソッ)」 「何か言いました!?」 「あ、いえ。なんでもございません!」 汗だくの鶴田は、ひたすら土下座し続けている。 「じゃあ、ひとつ大事なことを聞きますね!」 「は、はい!」 「この結婚相談所に、会員はいったい何人いるんですかっ!」 鶴田は土下座したまま、はっとしたように黙りこくった。 その額から大量の汗が、床にぽたぽたと落ちている。 「なんで黙っているんですかっ! 会員は何人いるかと聞いているんです! この前は、男性会員が1000人とおっしゃってましたよね! 実際はどうなんですかっ!!」 「……言ったら、杉崎様に怒られます」 「もう、とっくに怒ってます!!」 「もっと、怒りません?」 「いいから、言って下さい!」 「……会員は、杉崎様、おひとりでございます……」 やっぱり……! 開いた口が塞がらないとは、このことだ。 「……じゃあ、はなっから男性を紹介するのは、無理だったと」 「さ、左様でございます……」 「だから、鶴田さんの知り合いの留三さんを連れて来たり、飲み放題食べ放題無料で男性を釣ってパーティーを開いたりしたわけですね」 「はい……」 今や彩は、怒りというより、すっかり呆れていた。 ああ……会費の安さに飛びついた私がバカだったのだ。 こんなこと、美希に話したら鼻で笑われるだろう。 それだから、彩は絶対結婚できないのよ、って。 「鶴田さん、顔を上げてください」 「はい……」 「今日をもって、ヤケクソ結婚相談所を退会させて頂きます!」 彩がそう言い放つと、鶴田はすっかり絶望したような表情を見せた。 だが、絶望して泣きたいのは、彩のほうである。 お金がないから、別の結婚相談所に入会することもできない。 これですっかり、結婚の夢は絶たれてしまった……。 家に帰ったら、ひたすら泣こう……。 「……じゃあ、失礼します。さようなら」 体が固まってぴくりとも動かない鶴田に背を向けて、扉のドアノブに手を掛けた瞬間。 その扉はいきなり開き、彩はよろけた。 入ってきた人物に、体がドン、とぶつかる。 「きゃっ!」 「あ、すみません。大丈夫?」 は、慌てることなくしなやかに、転びかけた彩の体を受け止める。 いつしか彩は男のがっしりとした胸に、からだを預けてしまっていた。 「だ、大丈夫です……」 「怪我はない?」 「はい」 「良かった。本当にごめんね」 その男は彩のからだをそっと離すと、頭を下げた。 そうして、鶴田のほうに向き直る。 「あの、結婚相談所の方ですか?」 床に正座していた鶴田はあわてて、立ち上がった。 「あ、はい! 何のご用でしょう?」 「ええと……こちらに入会したいのですが」 彩は思わず、男のクールで整ったその顔を見つめた。
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