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「ちょうどいい味付けだ。ずいぶんと上達したものだね」
「ありがとうございます」
本来ならば主人と使用人が同じ部屋で同じ時間に食事をとることはありえない。
しかし、ひとりで食事をするのは味気ないと言われて、僕は旦那様と同じ物を同じ時間に、口にさせていただいている。
旦那様のお父様は、旦那様が十四歳のときに亡くなったらしい。お母様も後を追うように亡くなったのだという。
唯一、僕がこの屋敷に連れてこられたときにいた乳母も、数年前に老衰で亡くなった。
「光枝さんのだし巻き卵を完璧に習得してくれて嬉しく思う。光枝さんがいなくなった今も、こうして食べることができるのだから」
旦那様が目を細める。
光枝さん、というのは乳母の名前。
何もできない僕に着物の着方や文字の読み書き、藤乃宮家での仕事を教えてくれた人間だ。
皮までこんがりと焼いた鮭の切り身。
だし巻き卵。
肉じゃが。
ほうれん草のお浸し。
ご飯は雑穀米で、豆腐とわかめの味噌汁は、味噌からつくっている。
すべて、光枝さんから習った。
「どれも美味い。おまえを拾ったのは正解だった」
「ありがとう、ございます」
今日はいつも以上に旦那様が誉め言葉を繰り返す。
どう反応していいか分からずに俯いてしまう。
視線を落とした己の手の甲は白く、青白い血管が浮き出ている。
……僕は、生まれつき色素が薄い。
髪は白く、瞳は赫く。
血を分けた家族ですら化け物のようだと気味悪がり、僕を家畜小屋に押し込めていた。
ある日のこと、生家が火事に遭った。
混乱する家族を横目に僕は誰よりも早く逃げ、生き延びた。暗い森を何日も彷徨い、疲れ切ったところに通りがかったのが旦那様だった。
――まるで闇夜に月が落ちたかのように明るかったのだよ。
どうして僕を拾ったのか尋ねたとき、旦那様はそう微笑んだ。
そして名前のなかった僕に『衛』という名前を与えてくれた。
「……風呂も沸かしてありますので、食事がお済みになりましたらお入りください」
「あぁ。しかし、ここへ来た頃には薪を割ることすらおぼつかなかったのに、今では立派に斧も扱えるとは成長したものだな。それに、私好みの湯加減にもしてくれる。おまえがいてくれるおかげで私の生活は循環するということをひしひしと感じているよ」
「もったいないお言葉です。僕のすべては、旦那様のためにありますから。……」
ようやく顔を上げたところで、ずっと旦那様に見つめられていたのだと気づいた。
まるで女性のようなたおやかな微笑みに、あろうことか心臓が跳ねた。
血流がよくなり頬から耳までが熱を持つ。
きっと、朱色に染まっている。
青白い僕の肌では目立ちすぎるくらいに。分かりやすすぎるくらいに。
僕が女性に生まれていたら、手慰みだとしても、夢を見ることができただろうか?
とみに考えてしまうのだ。
とうに気づかれているかもしれない。
そして、気味が悪いと思われているかも……しれない。
「褒められたくらいで照れるとは、初心なものだ。それが可愛くてたまらないが」
「……恐れ入ります」
気づかれていないことに安堵する一方で、この想いを知られてはならないと、かたく決意するのだった。
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