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……衝撃で朦朧とした頭で聞いた話をまとめると、こうだ。
蛇神は。
藤乃宮家の当主を喰らう。
唯人様のお父様も、唯人様が十四歳の誕生日に蛇神に喰われ、同時に唯人様が当主となった。
そうやってこの集落は続いてきた。
しかし、旦那様には問題があった。
――私にはね、種がないんだよ。
申し訳なさそうに旦那様は目を伏せた。
世継ぎを産めなければこの集落は終わってしまう。
だから、旦那様は蛇神と交渉した。
新たな贄を見つけてくる。
これからは贄が贄を選び、途絶えさせないようにする。
そんな契約を、蛇神と結んだ。
「それが、衛。おまえだ……」
――今まで黙っていてすまなかった。おまえと過ごしているうちに愛着が湧いてしまい、真実を話すことができなくなってしまった。しかし、もう限界だ。蛇神様にはこの話をするために帰らせてほしいと懇願したのだ。
現実感のないままに、旦那様の言葉が身の内に落ちる。
声が反響する。
「私のために、すべてを捧げてくれると言ったな」
断るという選択肢は浮かばなかった。
僕は、黙ったまま頷いた。
すると旦那様は、僕の唇に自らの唇を重ねてきた。
「!? 旦那様、今、何を……」
「自分で選んだ道だというのに、おまえをあのおぞましい神のもとへ送らねばならないことに、はらわたが煮えくり返る思いだ」
静かな雨の音が聴こえはじめた。
呼んでいる。
蛇神が。
「おまえがどんな感情を抱いているか、知っていたよ。安心するといい。……私も、同じ気持ちだ」
揺らいだ視界に映るのは、旦那様と、薄暗い天井。
耳に届くのは、静かすぎる雨音。
「旦那様。雨が、雨が降ってきました……」
己の声が、自分から発せられていないように感じた。
行かないでください。
心の声が届いてしまったのかもしれない。旦那様に。
僕を畳に押さえつける力が、ひときわ強くなる。
「かまうものか」
首を横に振り、旦那様の輪郭が熱を帯びた。
「おまえは私を浄めておくれ。私は、……おまえを汚そう」
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