家族

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「この親不孝ものが!!娘が親の世話をするのは当然だろうが!そんなことなら離縁するぞ!!!」  顔を真っ赤にし、唾を吐き散らしながら叫ぶそれは私の父。無言で従うと思っていた(奴隷)からの反抗に大層御立腹らしい。  離縁という言葉が私にとってどんな意味を持つかを知らないらしい。いや、知ろうともしてこなかったんだ、この人は。  怒鳴られて、私は身体がすくむ。言い返せば拳を振り上げるはず。ゆえに、言い返してはいけないと幼い時からの経験で、身体が勝手に石のようにかたまってしまうのだ。  だから。  だから、彼に一緒に来てと頼んだのだ。藁にもすがる思いでそばにいてと頼んだ。 「構いません。あなた方がいなくとも、コイツには俺という家族がいますから。」  私の腕を引き、彼は淀みの一切ないはっきりとした口調で言った。言ってくれた。  私の両親は、家族が困っているのだから手を貸すのは当然だの、育てた恩がだのみっともなく喚いているが、彼の鋭い眼光に言葉を飲み込む。  そのまま、腕を引かれて実家を出た。  26年間、女の子だから当然と、奴隷のように家事炊事を無償で、何なら就職後は金を家に入れながらこなしてきた実家に思い入れはない。  解放されたいと実家を出ても、度々呼ばれては様々な要求をされてきた。  今回だって、母さんが怪我したから実家から職場に通い、家事炊事を担いつつ、母さんの世話をしろだなんて要求された。  料理中に手を切っただけなんだから、どうにでもできるだろうに馬鹿馬鹿しい。こちらの都合も考えぬ連絡のほとんどはそんなくだらぬものなのだ。  いつでも呼べる無料で使える都合の良い家政婦。それが実家での私の立ち位置だった。  でも。全部、終わり。  彼が解放してくれた。旦那として実家に連れて行くのは初めて。私が結婚するなんて話は興味なく、両親は会いたがることもなかった。今日一緒に行ったのだって、連れて行って良いか聞いてのこと。 「良かったのか?」  両親に向けていた鋭い目とは異なり、彼は慈しむような優しい目を私に向けている。私のことを思いやるような視線に、私は笑う。実家では笑った記憶がないけど、彼のそばでは安心して笑える。彼は優しい人だ。 「大丈夫。ありがとう。」 「…………いや、俺は仕事をこなしただけだ。レンタル家族で、本物の家族を切り捨てるとはな。」 「私、奴隷をやめたかったから。」 「奴隷、か。……まぁ、アンタが良いならそれでいい。」 「引っ越すの。仕事も今のとこより条件の良いとこに就職できるんだ!あの家には行き先はいってない。これからは私、自分の好きなように生きれるの!」  子供のようにはしゃいで私は話す。まだ時間内。だから、彼はまだ私の夫だ。喜びを共有したくて、語ってしまう。  彼は優しい笑みを浮かべながら、私の肩を引き寄せ、車道側から内側へと私を誘導した。 「はしゃいで怪我したら、せっかくの門出が台無しだろ?気をつけろよ。」  本当に優しい。  本物の家族なんかより、ずっと優しいレンタル家族の穏やかな笑みに涙が滲みそうになる。  長年望んだ解放。少し、感傷的になっているのかもしれない。  にじむ視界で見上げれば、優しい青が広がっていた。浮かぶ雲は濁りなき白。穏やかに照らしてくれる陽は暖かかった。
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