二人の少女

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二人の少女

ここに、将来姉の様な立派な刑事になる事を夢見る一人の少女がいた。  少女の名前は黒川葵(くろかわあおい)、四月から聖フローレンス学院の高等部に進学する。  葵の姉である黒川瑞穂(くろかわみずほ)は、警視庁捜査一課の警視であり、葵とは一回り歳の離れた28歳である。  二人の実家は地方にあり、葵が聖フローレンス学院の中等部に進学が決まってからは、姉の瑞穂のアパートで二人ので暮らしている。  歳が一回りも離れている事もあり、葵は姉を尊敬して、姉の様になりたいと思っており、瑞穂は葵を本当に可愛がっている。  普段は優しいが、葵が悪い事をした時には鬼の様に厳しい一面も見せるが、基本は優しい女性である。  警視庁の刑事として、事件を解決する姉の姿を見ていた葵は、自然と自分も姉の様な立派な刑事になりたいと思う様になり、姉の瑞穂にその事を相談すると反対はされなかったが、とても厳しくて大変な仕事であると、時に犯人や犯人の家族から恨まれる事もあり、危険な目に遭う事もある。  決して生半可な気持ちで出来る様な仕事ではないと、キッパリと言い切られてしまった。  それでも葵は自分は刑事になりたいのだと、お姉ちゃんの様になりたいと、真剣に光り輝く眼差しで瑞穂に伝えた。  瑞穂からは、熱意はわかったけどもう少し勉強を頑張りなさいと、厳しい一言を言われてしまったのだが、それも仕方ない。  葵の成績は決して悪くはないが、良いとも言えないのが現状だ。  中間位の成績である。聖フローレンス学院は進学校ではない。  学力的には、至って普通の学校である。自分の学力は自分が一番わかっていますと、少しふくれながら言う葵に、瑞穂は葵を優しく抱きしめると「頑張りなさい」と優しい声色で言ってくれた。  そんな姉の優しさに感謝しながら、高等部での生活に、新しい出会いに心を躍らせる葵だった。 大きな家で一人寂しくお弁当を突く少女。  その瞳にはあまり感情が見られない。  彼女の名前は高見穂花(たかみほのか)。  葵と同じ聖フローレンス学院に通う少女で、葵と同じく四月からは高等部に進学する。  穂花が葵と違うのは、葵と違い人望がある訳ではないと言うか、人見知りで周りと上手く接する事が出来ず、それに加えて大人しい性格のせいで、周りからは根暗だと思われている。  確かに大人しくて人見知りだが、穂花は根暗ではない。  根暗ではないが明るくもない。そんな穂花だが自分の考えや意志はしっかりと持っているし、誰も知らないもう一つの顔もある。  それは、今現在世間を震撼させている事件の、女性連続殺人事件の犯人であると言う事である。  別に二重人格で、穂花が知らない内にもう一人の穂花が犯行に及んでいる訳ではない。しっかりと記憶もあるし、ある意味自分の意思で行っている。  穂花には、幼い時より人の死に興味があった。興味はあったが、自分で人を殺してみたいなんて、きっと思っていなかったと、あの事がなければ自分は殺人犯になんてならなかったと、穂花は今でも思っている。  思ってはいるが、本当にそうだったのかと聞かれると自信はない。  もしかしたら、自分でも知らない内に人を殺してみたいと言う欲求が溜まっていたのかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、正直な所を話せば自分自身の事であり、自分が手を下しているのに自分でも良くわかっていないのだ。 「はぁ〜葵ちゃん……」  つい呟いてしまう。両親が芸術の都パリで芸術家をしているので、小学五年から一人暮らしだから慣れてはいるが、寂しくないと言う訳ではない。  そんな時に思い出すのは、中等部時代から恋焦がれている葵の事だ。  葵を始めて見たのは、中等部一年の夏だったと記憶している。  人見知りで、友達のいない穂花。一人で廊下を歩いていると、反対側から三人の女の子が歩いて来るのが見え邪魔にならない様にと、穂花は壁側に寄って顔を下に向けて、正直早く通り過ぎてくれないかなと思っていた。  女子校だし、不良がいる訳ではないが人見知りで人付き合いをどうしたらいいのかわからない穂花にとって、もし声を掛けられたらと思うと緊張で心臓が口から飛び出してしまいそうになる。  少女達の中に見覚えのある顔があった。 (あの人確か、入学式で代表の挨拶をしていた黒川葵さん)  入学式で新入生代表として、堂々たる姿で挨拶をしていた葵を見て、自分とは違うなとでも可愛い女の子と思ってしまった事を穂花は思い出しながらも、自分とは住む世界が違う人だから一生関わる事はない人だと思い記憶の奥深くに仕舞い込んでいた。 「さようなら」  えっ!?  思いがけない一言と、葵の笑顔に穂花は一瞬で葵に恋をしてしまった。 「さ、ささささようなら」  何とかその一言を返すと、茹で蛸の何倍も赤くなってしまった顔を見られるのが恥ずかしくて、穂花は足早にその場を去った。  あれ以来葵とは話す事はおろか、近くに寄る事さえ出来なかった。  ただ遠くから葵を見つめる事しか、そんな自分の弱い性格が嫌になる。 「ターゲットを見つける時には、ちゃんと出来るのに」  そう呟きながら深いため息を吐く。  人を殺してみたい。  人の死ぬ瞬間を見たいと言う欲求には素直になれるのに、恋して憧れてる葵と言う少女には、声も掛けられないのだから、本当に自分と言う人間が嫌になってしまう。  中身だけじゃなくて外見もコンプレックスなのだ。母親がロシア人と言う事もあり、穂花もヨーロッパ系の顔をしている。  色は石膏雪花の様に白く美しく透き通っており、左目は綺麗な琥珀色をしている。  周りからは羨ましがられる様な容姿だが、穂花本人は嫌っている。  この容姿のせいで、幼い時に男の子からいじめられた事が原因で、内気な性格になり、男の子は苦手で恋愛対象は女の子になってしまったのだから、普通なら男の子を好きになって、将来は結婚して子供を産んでが普通なのだろうが、穂花は女の子以外興味はなかった。  今は葵と付き合いたいと言う夢を持っているが、性格上近づく事すら出来ていない。  本当にそんな自分が嫌になる。  最近は人を殺したいと言う欲求は、治まっているが、いつまたその欲求がむくむくと顔を出して、その欲求に負けてしまうかと思うと、穂花は憂鬱な気分で冷めたお弁当を突いていた。 高等部の入学式まで、あと二日。  葵は代表スピーチを考えていた。  中等部に引き続きなので、緊張はまったくないがスピーチの内容を考える事が憂鬱なのだ。  人前に立つのは苦手ではないが、本音を言えば他の人がやってくれないかなとも思う。  スピーチを考えながら、ふとスマホを見ると時間は、既に夜中の一時を回っていた。 「お姉ちゃん、まだ帰って来てないんだ」  刑事と言うお仕事柄、事件があれば数日家に帰宅出来ないのはざらだが、それも理解してはいるが不安もある。  刑事と言うお仕事柄、危険が伴うのも理解しているが、早くお姉ちゃんの顔を見て安心したい。  大好きなお姉ちゃんが、毎日無事に家に帰って来る事が、葵にとって何よりの喜びなのだ。  だからそんなお姉ちゃんの為に、毎日料理も進んでするし、掃除も洗濯もするし、今はお姉ちゃんに恋人はいないけど、お姉ちゃんに恋人が出来たら全力で応援もする。  葵にとって姉の瑞穂は尊敬する存在であり、一番大好きな人なのだ。  早く帰って来ないかなと思って、リビングで待ってると瑞穂が帰って来た。 「お帰りなさい」 「まだ起きてたの?」 「スピーチを考えてて」 「そう、でも夜更かしは駄目よ」  そう言いつつも、葵が起きて自分を待っていてくれた事が瑞穂は嬉しかった。 「久しぶりに一緒にお風呂入ろっか」 「うん!」  瑞穂とお姉ちゃんと一緒のお風呂は、正直いつ以来だろう?  今の学校に入学して、お姉ちゃんのアパートで一緒に暮らす様になったけど、仕事が忙しいお姉ちゃんとは、すれ違いの生活が多かったから、昔と違って、お姉ちゃんが実家を出るまでとは違って、一緒にお風呂に入ることなんて、本当になくなってしまっていた。  だから一緒にお風呂入ろっかの一言が、お姉ちゃんの優しさが葵は嬉しかった。  お姉ちゃん大好きと呟くと、着替えを取りに部屋に向かう。そんな葵を見て瑞穂は、あの素直さがあの娘のいい所ねと思いながら、上着を椅子に掛けて、今担当している事件の事を考える。  犯人の足取りも目星すら掴めていない。  今まで担当してきた事件にも、難しい事件は幾つもあったが、今回の事件が刑事になってからもっとも難解な事件だ。  その事件とは、穂花が起こしている女性連続殺人事件である。  IQの高い穂花は、証拠を一つも残す事もなく事件を完結させてしまう。被害者との出会いからして、どの様に被害者と犯人(穂花)が出会ったのかすら、警察は掴めていない。  被害者のスマホにも怪しい履歴は残っていないし、現場である被害者の自宅にも指紋はおろか髪の毛の一本すら残していない。  いくら優秀な刑事であり、何度も表彰をされている瑞穂でも、証拠がなければ正直八方塞がり状態ではあるが、当然諦めてはいないし、葵の前では疲れた顔も悩んでる顔も一切見せないし、勘のいい葵に気付かせる事もさせないのは、流石としか言えない。  犯人は多分女性であると目星は付けている。それには理由もある。  被害者に共通するのは、全員が一人暮らしをしている事と、簡単に男性を家に居れる様な性格ではないと、被害者の家族や友人が話していた。  それだけで、犯人が男でないと言うのは根拠としては弱いが、瑞穂には自分でも上手く説明出来ないが犯人は女性で、被害者に近い年齢であると言う確信を持っていた。 「お姉ちゃん?」  考え事に集中し過ぎていて、葵が自分の顔を不思議そうに見つめている事に、葵の顔がキス出来る距離にまで近づいている事にすら気づいていなかった。 「顔が近いしキスして欲しいの?」 「そ、そそそう言う訳じゃ……」  ここで葵は言葉を止めて考えてしまう。  別に姉妹だし、女の子同士なのだからお姉ちゃんとキスしても、ファーストキスにはカウントされないのではないかと、そんな事を考えてたらおでこにキスされてしまった。 「お姉ちゃん?」 「いくら姉妹でも、唇は駄目よ。それに、女の子なんだからファーストキスは大切にしなさい」  そう言うお姉ちゃんの顔は、本当に優しくて実の妹である葵ですら、美しいと思ってしまう。  きっと署内でも人気があるんだろうな。こんなに美人なんだから、自分とは違って本当に美人で頭も良くて、才色兼備な女性なのに、何故か男の影が全くない事が不思議だった。  葵はどちらかと言えば可愛い系であり、男の子からモテる顔立ちだが、瑞穂は女性からも羨望の眼差しが向けられる程の美人である。  久しぶりの瑞穂とのお風呂を楽しみながら、葵はちょっとずるいと思ってしまう。葵もDカップもあるので、かなり胸は大きいが瑞穂は更に胸が大きくて、腰はくびれておしりはキュッとしまっていて、本当に無駄な肉など一つもない。 「お姉ちゃんって、美人なのにスタイルもいいなんてずるい」 「何言ってるの、葵だってスタイルいいし可愛いじゃない」 「本当!」 「お姉ちゃんが、葵に嘘を吐いた事ある?」  葵は、ありませんと言うと嬉しくて瑞穂に抱きつきながら、お姉ちゃんって彼氏作らないの? と聞いてみる。 「作らないわよ」  即答だった。  こんなに美人なんだから、両手じゃ収まり切らない程に男が寄ってくるはずなのに、どうして? と疑問で仕方なかった。  そんな葵を見て、瑞穂はお姉ちゃんの事嫌いにならない? と少し不安そうに聞いてきた。  お姉ちゃんを嫌いになんてなる筈がないので、葵は嫌いになんて絶対にならないと即答する。  その返答に瑞穂は、少し躊躇いがちに話しだした。 「お姉ちゃんね……昔から女の子が好きなのよ。だから彼女は欲しいけど、彼氏はいらないの」  その言葉に瑞穂に抱きついていた葵は、瑞穂の胸に顔を埋めて、刹那の瞬間だけ考えて「そうなんだ。私はいいと思う」と答えた。  その言葉を予想していなかったのか、瑞穂は驚いた顔をしながら、自分の胸に顔を埋めてる葵の顔を自分の方に向けると「ありがとう。やっぱり最高の妹」そう言うと、葵のおでこにキスをして葵を強く抱きしめる。  驚きがなかったと言えば嘘になるが、今は同性を好きになるなんて、普通にある時代だし葵自身、自分が本当に男の子が好きなのかわからない。  女子校にいるからもあるかもしれないけれど、気付いたら女の子の姿を本当は、女の子の胸に目が行ってる自分がいる事を、葵は認識していた。  だからもしかして、私は女の子が好きなのかな? って、そう思う時もあったから、正直瑞穂のカミングアウトは救いだった。  確証はないが、自分ももしかしたら女の子が好きかもしれない。もしそうだった時に、そうだと確信した時に瑞穂に相談出来る。そう思うと好きになれる人に出会いたいと、高等部に進学したら、そんな素敵な出会いがあります様にと、そう思ってしまう葵だった。 葵が、瑞穂と姉妹水入らずでお風呂を楽しんでいる頃穂花は、一人で寂しくお風呂に入りながら、葵を思って自分を慰めていた。  慰め終えると、小さな胸に手を当てながら、自分って本当に駄目な女の子と凹んでしまう。  大好きな人を思って、自分を慰めるなんて男の子だけじゃなくて、女の子だってするとは思うけれど、まともに話した事もない葵の裸を想像して、自分の性欲を満たすなんて、悲しくて恥ずかしくて、でも中等部時代から続けてきた習慣だから、今更止める事も出来ない。  本当なら、葵と恋人になって葵と愛しあえたらなら、殺人欲求なんてなくなるのかもしれないと、例えなくなったとしても、自分が犯した罪は消えないし自分が奪ってしまった命が還ってくる事もない。  それでも都合の良い話だが、葵と結ばれて幸せになりたいと思ってしまう。  そんな自分が悲しくて情けなくて、湯船に浸かりながら、再び葵を想って慰め始める。   葵と穂花の二人が高等部に進学して、同じクラスになる二日前の事だった。
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