雨の日の約束。

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雨の日の約束。

ポツポツと雨音が聞こえた。昼間の微睡む時間、うとうとと夕飯は何にしようかと思っていた。今日は仕事も休みで朝から天気も悪くて一日、何もしないでボーッと過ごしていた。 テーブルに置いたスマートフォンがLINEの通知を告げる。 [今日、行っていい?] [いいよ。ご飯作って待ってるね] すぐに既読と返事する。窓の外を見ればポツポツと雨音が聞こえて雨が振り出しそうだった。私は誘う睡魔を振り切ってよしっと立ち上がり夕飯の準備を始めた。LINEの返事がある。 [わかった] とにかく簡単で、美味しいものを、ぱっと頭の中に思い浮かんだのはシチューだった。冷蔵庫の中身を覗いても都合よく食材も揃っている。 私のこだわりでシチューはよく煮込むほうが美味しい。初めて作った時は煮込み時間が足りなくて野菜が固くて美味しくなかった。 コトコトと包丁で食材を切って、炒めて、鍋に入れてと一人の時には出なかったやる気が彼が来るとわかったとたんに鼻歌まじりにがんばれる。 シチューが完成した直後に、ピンポーンとインターホンが鳴り響くパタパタとスリッパを鳴らして玄関に走った。できるだけ期待を隠して全然、待ってませんでしたと態度でいるように自分に言い聞かせた。 「どうぞ」 少しだけ扉を開いて彼を招き入れる。雨が降っていたのだろう。彼の肩が少し塗れていた。 「おじゃまします。料理してたの?」 彼が私の格好を見ながら言う。エプロン姿だった。 「う、うん。へへ、シチューだよ」 照れ隠ししながら私はいらっしゃいと言う。おじゃまします。その一言がチクリと胸を痛む。おじゃましますじゃなくて、ただいまと言ってほしかった。 二人で向かい合い、シチューを食べる。外では雨が降っていて、テレビで夕方の報道番組が流れているけれど、私は彼だけしか見ていなかった。 行儀がよくて、私の食べるペースにあわせてゆっくり食べている。目が合うとニッコリと微笑んでくれる。伸ばした指先が彼と触れあう。 「シチュー美味しい? 煮込みすぎてない?」 「美味しいよ。ごめんね。雨が降るたびに来るの迷惑じゃないかな。どうしても雨の日は眠れないから」 そっと視線が窓の外を見つめる。雨が降り続けていた。 「大丈夫だよ。私は大丈夫、だよ」 それごまかすように彼の手を握った。触れた指先を絡めて彼の唇を奪う。軽く触れるだけのキス。シチューの味がした。彼も私にキスを返してくれた。 彼が近い、ドキドキと鼓動が聞こえそうなほどの距離で彼は私を抱き寄せた。軽いキスから始まって背中を愛撫された。甘える子供のように身体を寄せてキスをねだる。 雨音にキスの音が溶けていく。それなのに彼はいつも申し訳なさそうな顔をする。寂しそうな顔をする。やめてよ。そんな顔をしないで。私達が恋人同士じゃないから? それが悪いの? 彼と出会ったのは雨が降り始めた居酒屋だった。雨宿りのつもりで入ったお店、隣の席で酔い潰れていたのが彼だった。閉店間際で定員さんも困っていたからほんの気まぐれで私の部屋に彼を招き入れた。 出会いは最悪と言ってもいい。酔っぱらいの彼からポツリポツリとこぼれ落ちる言葉からどうやら、数年同棲していた彼女と別れたらしい。 その日が雨が降っていて、いつも眠ることができなくてお酒に頼って眠ろうとしていた。後日、酔いがさめて呆然とする彼に説明しながら聞いたから事実だ。その夜から彼は雨の日になると私の部屋に来る。 恋心が芽生えた時期はいつだったかわからない。いつの間にか雨音が聞こえると彼が来ることを期待するようになった。一人でいることが寂しかった。悲しかった。いつまでも続くかわからないこの関係に私は甘えていた。苦しくて、それなのに甘い、甘い関係が愛おしい。
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