追憶

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追憶

 ヒヨドリが、鳴いている。「キィーッ、キィーッ」と、少ししわがれたような、するどい声だ。それは、関東にしぶとくしがみついていた寒さがようやく遠のき、暖かい南風の吹く、春の始めであった。  ヒヨドリの声を聞くと、故郷を思い出す。スズメもカラスもハトもムクドリもいるが、思い出すのは、なぜかヒヨドリだけである。理由はわからない。とにかく、その声を聞くと、いつも(かよ)っていた通学路の景色や、桃の花の咲く庭の景色などがありありと蘇ってくるのだ。  春の風のさわやかな匂い、肌をなでる心地良さ、木々の葉の、さわさわという音までもが、鮮やかに浮かぶ。  世界の広さも、世間の厳しさも、人生も、まだ何も知らなかったまっさらな子供。私は、確かにそこにいた。  今日も、ヒヨドリが鳴いている。するどい声が、私の記憶と呼応する。そして、私は遠い記憶の景色の中に、その身を溶かすのである。
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