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彼は自宅の風呂場で、ガムテープでぐるぐる巻きにして身動きとれなくなった状態で、胸を刺されて殺されていたのだ。
――灯、灯!なんでスマホにも家電にも出ないの!?
私はニュースでそれを見てすぐに、灯と連絡を取ろうとした。しかし彼女は携帯を捨てて逃げたのか電源を切っているのか、何度かけても出る気配がないのである。
私はほぼ確信していた。謙一を殺したのは、灯であると。
――謙一さんが殺された時刻は、丁度私と灯が喋っていたくらいの時間帯だった。
彼女が自宅にいて私とお喋りしていたというのが本当ならば、彼女にはアリバイがあるということになる。名古屋に住んでいる謙一を殺せるはずがない。だが、私は彼女があの夜、自宅から電話をしてきていなかったことに気がついたのだ――ああ、あの夜のうちに気付いていれば、止められたかもしれないのに。
――しれっと言っちゃったんだろうけど、今の灯は一人暮らしだ。お父さんと同居なんかしてないのに、“お父さんが物音を立てたから五月蝿い”なんてあるはずがない。
そもそも、毎週土曜日の同じ時間に飲み会をしているのである。いくらルーズな彼女でも、風呂に入っていて家電に出られなかったという言い訳は苦しい。あれは本当に家の電話に出ることが不可能だったからではないか。
そして、自宅にいるふりをして私の電話に出たのは、いざというときにアリバイを作りたかったからではないか。
あの物音は、風呂場に閉じ込めている謙一が暴れたからであったとしたら。
――決定的なのは。灯が練馬のボロアパートに住んでるってこと!
私は思い出すように、部屋の窓を見る。
あの日の雨は凄まじかった。そこそこセキュリティも防犯もちゃんとしている私の部屋でさえ、雨音が響く程に。
だが、あの夜彼女の電話からは雨音も雷鳴もまったくと言っていいほど聞こえなかった。
調べてみたところ、あの日あの時間に雨が降ってなかった地域はほんの一握りしかない。北海道と沖縄と愛知県近郊――つまり、名古屋にも雨は降っていなかったのだ。彼女はあの夜本当は、雨音が聞こえない場所にいたのである。
――なんで、そこまで思い詰める前に私に教えてくれなかったの?助けてって言えなかったの?私じゃ、力になれなかったってこと?
いくら後悔して悩んでも、時間は戻ってこない。
私は祈るような気持ちで、電話をかけ直す他なかったのである――。
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