雨音の下、繖をさす

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しとしとと雨が降っている。 昇降口の軒先から雨水が滴っていた。下校時刻の昇降口は雨音を掻き消すほど騒がしい。僕は少し大きい傘を手にして空を見上げていた。 「あれー、誰か待ち?」 あのクラスメイトだ。タイミングがいいと言えばいいのか。一人苦笑する。 「うん。例の女子を待ってる」 「例の?」 「この前僕が女子と相合傘しているのを見たって言ってただろ。その女子だよ」 「えっ、おまっ、えっ?彼女じゃないって言っただろ!」 「実際彼女ではないし相合傘を否定はしなかった」 なんだよもー、と一しきり驚くなどしてから、ばしんと僕の背を叩いた。 「じゃあ今日は勝負の日なんだな?健闘を祈る!」 大きく手を振って去って行く彼に僕も手を振った。勝負の日、か。そこまで大きく考えていなかったが、そう考えると、叩かれた背から心臓に向かって、どくんどくんという血流が動いてくるように感じられる。 彼女はなかなか来ない。もう帰ってしまったのか知ろうにも名前がわからないのでどうしようもない。同級生の目を気にして遅く学校を出ているのかもしれない。もう少し待っていいだろう。 校舎から出て来る生徒がまばらになった頃、ようやく彼女が姿を現した。雨に濡れていない彼女は初めて見る。彼女は僕に気が付くと、おや、という顔をした。 「傘まで持って、今日はどうしたんですか」 「うん、君を待ってた」 そう言うと少し引いたようだ。 「君の傘は、君の大切な人のためにとっておいてほしい」 「それで一緒に濡れて帰ろうとでも?」 「悪くないね」 「私はもう十分狂っていると思われでしょうが、そこまで狂人じみたことはしたくありませんよ」 もう少しこうした雑談をここでしていたくなったが、いつまでもこんなのを続けていると、彼女はさっさと帰ってしまうかもしれない。意を決して口を開く。 「僕の傘に入りませんか」 彼女の黒い瞳が僕を射抜く。 「僕の傘を君と分け合えたらと思ったんだ。僕の傘の隣に、君がいてほしい」 小さく溜息をついた。でもそれは、うざがっているとかあきれているとは違う。首を振って言う。 「そんなことしたら、先輩も私と同じように思う時が来るかもしれないのに?」 そうだとしても、大切なものがそこにあったというだけでいいじゃないか。それは流石にまだ恥ずかしくて言えない。 「きっと今でももう、そう思うよ。それに、君に濡れていてほしくないんだ」 仕方なさそうに笑う。そして、頷いた。僕はそれを見て笑って、それから傘を開く。 「君と比べればまだ、傘をさすのは下手くそだろうけど」 一足先に雨の下へ出て彼女を待つ。雨がぽつぽつと傘をノックした。 「そういえば、君の名前を聞いていい?」 僕の傘に入るか入らないかの所で彼女の足が止まる。 「(さげ)灯花(ともか)です。灯すに、花」 「僕は雨宮(わたる)。和風の和一文字で和」 二人の間に静かに響く雨音。行こうか、と首を傾けると彼女はゆっくりと傘に入ってきた。 「いいんですか、リュックを守らなくても」 「うん、せっかく今日はまだ髪が濡れていないんだし」 傘を持って歩き出す。雨音が耳に心地いい。灯花の雨に濡れていない手と唇は、ほんのりと紅色が差していた。 「雨だけど、ちょっと寒いかな」 「……そうでしょうか」 今日もまた、僕らの上に雨が降っている。
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