雨音の下、繖をさす

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雨の日が特別好きというわけではないが、嫌いでもない。雨を見上げていると心の中が空になって行くような気分がすると共に、心の奥から何かが引っ張り出されようとしているような、不思議な気分になる。  すみません。 ふと、音楽の向こうから声がした。見ると、雨に打たれた女子が、フードを被ったおばさんに話しかけている。この女子はどこかで、と気憶を辿って、前に雨の中から僕を見つめた女子だ、と思い出した。今日も傘を持っているのに濡れていたが、今回持っている傘は折り畳みの物らしい。今日は突然の雨だったからだろう。こっそり音楽のボリュームを下げる。 「急いでるんだけど……」 「引き止めてしまってすみません。私の傘に入りませんか」 「え、悪いよ、あなた濡れてるでしょ、あなたがさしたら?」 「いえ、一緒にということです」 「え?折り畳み小さそうだし、気持ちだけで十分だから、風邪ひかないでね」 おばさんはそう言うと走って行った。普通の反応だとはわかるのだが、残された彼女がまるで雨の中のダンボールにいる子猫のようでいたたまれない。 「君」 彼女がひたりと足を止める。 「風邪をひくよ」 「……いえ」 「でも、傘はさした方がいい」 「私はこの傘に一緒に入ってくれる人を探しているだけですので」 「じゃあ、僕が入ろうか」 「先輩はもう傘を持っています」 僕の手にある折り畳み傘を見て、紫色の唇は迷いなくそう言う。静かに礼をして、彼女はまた雨の中を歩いて行く。彼女の声は今日も凛と澄んでいて、そのくせ雨と共に融けてしまいそうに脆い。彼女はなぜ、傘の中に隣を求めるのだろう。
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