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「しつれーしまーす!」
ドアをぶち破りかねないノックと、入室前から誰だか解る声がして苦笑する。
「ノックは覚えたんだな。次はボリュームを絞ることを覚えような」
笑いながら迎えると、大柄な生徒の影から「失礼します」と控えめに顔を覗かせる細身。
茶を淹れ、2人の前に置いてやる。
「いただきます!」
何か錬成でもする気なのかと思うほど真剣に両掌をパシンと合わせ、あっという間に弁当を減らしていくのを眺めながらこちらも弁当を広げる。
もう1人は女子かと思うほどゆっくり食べている。
食べ終わって手を合わせると湯のみを手に取る。
とっくに食べ終わってそわそわしている生徒の横で「速いね」と苦笑しながらまだ食べている生徒を眺め、随分対照的な性質のやつらが友人になったものだと笑う。
食べ終わった彼が「ご馳走様でした」と手を合わせると、横で「な、もういい?」とポケットからスマホを取り出して待ち切れない様子で操作し始めるがっしりした指に「待たなくても良かったのに」と笑う細い指も床に置いていた鞄からファイルを取り出した。
「見て見て、せんせー。日曜、遊びに行ってきた!」
差し出されたスマホのカメラロールには、赤い首輪のよく似合う小さな黒猫のショットが何十枚と収められている。
「前に行った時よりだいぶでかくなってた!」
すげえ可愛かったと破顔する彼の横で、ファイルから数枚のプリントアウトを取り出してこちらに差し出す細い指。
「とびきりのを持ってきました」
首を傾げてこちらを見ているもの、座ったまま振り返っているもの、ふわふわのクッションの上で眠っているもの……。
一枚一枚、愛情深い目線で撮られている仔猫の姿を眺める。
茶を飲みながら大きな身振り付きの話と観察記録のように詳細な話を聞いていると昼休みは飛ぶように過ぎていく。
予鈴に視線をあげてプリントアウトをまとめ、最近買ったばかりの写真サイズのファイルの表紙に仮に挟んでおく。
「んじゃまたね、せんせー!」
工業コースの彼は実習に向かうのだろう、つなぎの上半身部分を腰に巻いた状態でいたのを羽織りながらスマホをファスナーのついたポケットに仕舞って立ち上がる。
理系特進コースの彼は実験室に向かうのだろう、鞄に弁当箱とファイルを仕舞いがてら白衣を取り出して会釈を寄越す。
怪我をするなよと見送って、弁当箱を片付ける。
先程のプリントアウトを改めて写真用ファイルにきちんと収めていく。
頼りなく震えていた仔猫は数ヶ月で寛いだ寝顔を晒すようになった。
美しく光る黒い毛並みに映える赤い首輪には小さな鈴。
仔猫の身じろぎの度にチリリと鳴るのであろうそれを指先でなぞる。
湯のみに当てた唇を笑ませてファイルをデスクの棚に戻す。
背表紙には2人の男子生徒がつけたという仔猫の名が書いてある。
今日もこの街にはいつも通りの平穏が流れている。
大きな病も怪我もなく、ただゆっくりと日が過ぎる。
チリリ、とどこかで鈴の音。
飼い主を待って欠伸をひとつ、丸まり直す猫の声。
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