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「ひっ!」
そんな小さな悲鳴が、転移した途端に聞こえて来た。
わたしの転移は、魔法陣でかっこよく登場!ではなく、土から土へという土魔法使い独特の方法であるため、鉢植えの土からボコボコッと飛び出してくるわけで、知らない人にこの場面を目撃されるとたいてい驚かれる。
がしかし、ここは我がパーティーの拠点のはずだ。
わたしが鉢植えから登場しても、もう慣れっこで驚くメンバーなどいない。
そのはずなのに、目の前には見知らぬ若い男がいた。
藍色の布でほっかむりをして、ロイさんの大剣を抱えている。
これは見るからに泥棒だ。
「どっ…」
泥棒だあぁぁぁっ!と叫ぶ前に、男が脱兎のごとく開けたままになっていたドアから逃げ出した。
それを追いかけて階段を駆け下り、一階の酒場のカウンターを横切ろうとしたら、開店準備の仕込みをしていた様子のビアンカさんが「あら?」と呑気な声をあげた。
「ビアンカさん、泥棒よっ!」
駆け抜けざま、振り返らずにそう叫んで酒場の外に出ると、男が逃げた方向を確認して「もらった」とほくそ笑んだ。
男が走っていた方角の道はレンガ敷ではなく土だ。
ということはつまり――。
手を掲げて男の足元に泥の沼を発生させる。
それに足を取られて立往生し始めた男のすぐそばへ転移した。
土からボコボコと現れるわたしを見て、男がまた「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。
「怖いっつーの!なんだよ、おまえ!」
「それはこっちのセリフだっつーの!誰よ、あなた。ロイさんの剣、返しなさいよっ!それ重いでしょう?そのまま抱えてたら一緒に沈むわよ?」
男が焦った様子で足元を見下ろす。
すでに膝下までぬかるんだ泥に埋まっている脚は、こうしている間にも少しずつズブズブと沈んでいるところだ。
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