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「ちょっ!待ってくれ!」
男は踏ん張りのきかない足で、それでもどうにか大剣をこちらに向かって投げ、その反動で尻もちをついた。
今度はお尻と手まで沈みつつあるその姿に一瞥をくれて、くるりと背中を向ける。
ロイさんの大剣が戻ってくればそれでいい。もうこの男のことなど知ったこっちゃない。
「おいコラ!剣を放しても沈んでいくじゃねーか!これ完全に沈んだら、俺どこに行くんだ?」
「さあ、知らないわ。生きて戻ってくることができたら教えてちょうだい」
沈んでしまえと本気で思っていたところに、ビアンカさんがのんびりとした足取りでやって来た。
「あらあら、ヴィーちゃん、この人お客様なのよ。助けてやってくれない?」
「客?嘘でしょう!?だってこの人、ロイさんの剣を盗んで逃走したじゃないですか。ビアンカさんも見ていたでしょう?」
すでに胸のあたりまで沈んだ男が大きな声で申し開きをした。
「あの部屋で待っているように言われて、その立派な大剣が目についたから手に取って眺めていたら、植木鉢からあんたが出て来たからびっくり仰天して、思わずその剣を抱えたまま逃げ出しただけだ!決して盗もうとしたとか、そういうんじゃないです!助けてくれえぇぇぇっ!」
わたしは無言のまま大剣を鞘から引き抜いて構える。
「せいっ!」
掛け声とともに横なぎに払うと、ほっかむりからはみ出していた男の黒い前髪がハラハラと落ちた。
「もしそれが嘘だったら、次は首を切り落とすわよ」
男は青ざめて、はくはくと口を動かすのが精いっぱいの様子だ。
「もうっ、ヴィーちゃんはその剣を持つとロイさんみたいにすぐ乱暴になるんだからぁ」
ビアンカさんにクスクス笑われてちょっと恥ずかしくなりながら、泥の沼を解除する。
「助かったぁ…ってか、どんだけ怪力!?」
男のつぶやきを無視して酒場に戻ったのだった。
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