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第三章 三人目のパパ活JK
一度上手くいくと芋づる式に願いは叶っていくもので、中平さんと会って以来わたしのSNSには会いたいというDMが毎日のように届いた。
平日は平凡な少女の佐久間澪を演じ、週末はパパ活に精を出す日々が続いた。パパ活は普通の仕事のように時給でもらえる金額が保証されてるわけじゃない。
中平さんみたいに景気よくショッピングに付き合って一万円くれる人もいれば、お茶して五千円だけしかくれない人もいた。それでもとにかく、自分の力でお金を稼げることが嬉しくて仕方なかった。
十七時から二時間「仕事」に精を出した後、同じく仕事帰りの沙智子と合流して庶民的なイタリアンレストランで夕食を摂る。
沙智子はミートスパゲティ。私はジュベノーゼ。緑色の麺をフォークに絡ませながら、ぽつんと言う。
「この前、キスしてもいい? って言われちゃった」
「で、したの?」
した、と答えたところでまったく驚かなさそうな口ぶりだった。
「してないよー。沙智子もそういうの、ある?」
「あるよ。三人にひとりぐらいだね。キスしたいとかホテル行きたいとか言うのって。全部断ってる」
「なんで? 沙智子、中学の時JCお散歩してたんじゃないの?」
「もう自分に無理はしないことにしたの。キスもセックスも若くてきれいな男に限るよ。キモいオッサンとそんなことしても、どこ触られたってキモいだけ。百万もらっても精神的苦痛は癒されないんだから」
そういうものなのか、と妙に納得していた。わたしたちは、世間から最低と言われても仕方のないことをしている。でも最低人間には最低人間なりに、守るべきそれぞれのラインがある。
「あ、でも、パンツ欲しいとかそういうのは売っちゃってるけどね」
「そんなことするの!?」
「結構多いよ、そういう人。でもパンツくらい、別に減るもんじゃないもん」
ケラケラと笑いながら沙智子が言う。パンツはOK、セックスは駄目。沙智子のラインがよくわからない。
「パンツは売るけど、身体は売らない。それがあたしの主義」
「変な主義」
「パンツはあたし自身じゃないもん、どこまでいってもただのパンツだもん。だったら売ったり買ったりしても別に良くない?」
「ごめん、全然わかんないやー」
そうだよねー、と沙智子はまたケラケラ笑う。わたしだったら、自分が履いてたパンツを男の人が買って、それを何に使うのかと思ったら気持ち悪くて卒倒しそうになる。でも沙智子はそんなこと、微塵も考えないんだろうか。
「ていうかさ、あの子。いかにもパパ活じゃね?」
沙智子がレストランのフロアの端っこのテーブルを指さす。五十代ぐらいのおじさんの真向かいには、茶色いセミロングの女の子。化粧で誤魔化してるけど、それでも顔が幼い。どう見てもわたしたちと同い年ぐらいだ。
「あれ、親子じゃないでしょ、全然似てないし。どう見てもパパ活だよ。百歩譲って不倫」
「そうやって決めつけるのはよくないと思うけど」
声を抑えて言う沙智子は、なんだか楽しそうだった。自分たち以外のパパ活女子に生で出会えるのが、面白くて仕方ないらしい。
「あ、今、お金渡した」
沙智子が声に興奮を滲ませる。見るとたしかに、テーブルの上に渡されたものを女の子が受け取っていた。万札は三枚以上はあった。パパ活にしては大金だ。
見知らぬ女の子とおじさんは、まもなく会計を済ませてレストランを後にした。そのまま、夜の街へと闇に溶けるようにして消えていく。沙智子がくすくす笑った。
「あの金ってことは、絶対ヤッてるよ。一線越えちゃってる系の人か。すごいなー」
「助けなくていいの? わたしの時みたいに?」
「ハッ? 助ける? なんで? あの子はヤリたくてヤッてんだから、他人が口出す必要ないじゃん。そういうの、余計なお節介って言うんだよ」
あくまでもドライな沙智子に、つい顔をしかめてしまう。そりゃパパ活でヤルのもヤらないのも個人の自由だけど、だからって冷たすぎやしないか。そんなわたしをフォローするように、沙智子が言った。
「澪はまだ、処女なの?」
「処女だよ。だからパパ活でロストバージンなんて、絶対嫌」
「まぁそうだよね。あたしも初体験は一応、好きな人だったんだ」
「いつ?」
「中一の夏」
「早過ぎでしょう」
まだ小学生気分が残っている中一の夏にそんなことをしちゃうなんて、沙智子はやっぱり普通じゃない。
中一といえば、わたしは周りの子と比べていつまでも生理が来ないことや胸が大きくならないことをしきりに気にしていた。そんなわたしの一歩も二歩も先を、沙智子は歩いていたんだ。
「相手はひとつ年上の先輩。中学の裏に神社があってさ。そこの裏で、ヤッちゃった」
「神社って……神聖な場所汚しすぎ」
「だからバチ当たったのかなー。結局ヤリ捨て。その先輩、いろんな女の子とヤリまくってて誰ともちゃんと付き合わない人だったから、あたしもそのひとりにされちゃった。もうほんと、男なんて最低だってそん時思ったんだ」
沙智子の顔がふっと曇る。そんな表情は見たことがなかった。
「だからあたし、男なんてもう信じないの。これからは誰も愛さないで、ヤルことだけヤッて、たんまり金ふんだくってやる。それがあたしにできる、男っていう生き物に対する唯一の復讐だよ」
「復讐、か」
沙智子は言葉にこそ出さないけれど、その先輩のことを本当に好きだったんだと思った。好きだからこそ憎しみも湧くし、復讐したいだなんて思ったりするんじゃないだろうか。
沙智子の深く傷ついた心を癒す術は、この世のどこにもないのかもしれない。
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