第一章 特別な生徒

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「今から持ち物検査をします。机とカバンの中のものをすべて、机の上に出してください」  シスターの言葉に何人かがあからさまに顔をしかめ、何人かがええっと声を漏らし、何人かが諦めたように俯いた。  持ち物検査なんてまるで小学校みたい、生徒のプライバシー侵害もひどいところだと思うけれど、ここはカトリック系のいいとこのお嬢さまぱかりを集めた女子高。 学校に持ってきてまずいものは持ってこないということが暗黙のルールとなり、保護者も抜き打ちの持ち物検査があることは容認している。 「大久保さん、このポーチは何ですか」  シスターの詰問に大久保静音がさも反抗期らしく、むすっと不満と抵抗意識を全面に出す。机の上にはピンクの花柄のポーチ。わたしの大好きなブランドロゴが入っている。 「ネットで買いました。中古で千円でした」 「そういうことじゃありません。中に何が入ってるんですか」 「あたしの大切なものです」  シスターを前にしても静音はまったくビビらない。持ち物検査の結果を親に告げられて家で怒られることなんて、なんとも思っていないような口ぶり。クラスいちの美少女の尖った顔が、斜め後ろから見える。 「出しなさい」  シスターに言われ、しぶしぶと言った具合で静音が中のものを机の上に並べていく。  スプレータイプの化粧水。日焼け止め成分の入った化粧下地。肌の凸凹をカバーしてくれるバウダー。マスカラにアイライナー。ピンクのラメが星みたいに輝くリップグロス。 「すべて没収です」  ポーチごと没収された静音が、だからなんだと言わんばかりの迫力でシスターを睨みつける。生徒のささやかな反抗なんてまったく意に介さないシスターは静音の隣の村木千絵子の持ち物検査を始める。 「村木さんもポーチの中身を机の上に出しなさい」  反抗的な静根に比べると、千絵子はいくぶん素直だった。よほどまずいものでも入っているのか、肩が震えているのが見えた。  千絵子のポーチの中身も静音とほとんど同じものだった。静音と同じメーカーのパウダーやリップグロス、チークが見える。でもカラフルな四角いパッケージに入ったそれだけが、静音のポーチにはないものだった。 「村木さん、なんですかこれは!」  さすがのシスターもこれには感情を揺さぶられたのか、声が鋭くなる。千絵子は肩をいっそう激しく震わせ、かろうじて聞き取れるほどの声で言った。 「コンドームです」 「なんでこんなものを持っているんですか!」  千絵子はもう答えなかった。  千絵子のポーチも没収され、他の生徒がマンガやお菓子を没収された後、シスターはいつものくどくどと中身のないお説教を始めた。 「私は決して、みなさんをいじめたくてこんなことをしているわけではありません。みなさんは私にとって、特別な生徒です。 だからこそ、自分を大切にしてほしいと思っているんです。自分を大切にするとはどういうことか、それぞれ考えてみてください」  入学以来、もう何度も耳にねじ伏せられた決まり文句が胸をずぶずぶと刺し、真っ黒な血が溢れ出す。  自分を大切にするというのがどういうことか、十七歳になったばかりのわたしにはよくわからない。 大人の言う自分を大切にするということは、化粧をしないとか、スカートを短くしないとか、セックスをしないとか、エンコーをしないとか、お酒を飲んだり煙草を吸ったりしないとか、そういうことだ。  でもそれが本当に、自分を大切にすることなのか。
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