ぎこちない会話

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休日の昼下がり。 駅の近くにある大型のカフェの店内。 —少し早めに着いてしまったかな 賑わう店内を見渡すが、待ち人はまだのようだった。 先に自分の飲み物を注文し、窓際に席をとる。 ガラス越しに、道行く家族連れなどを眺めながら、私は薄いピンクのマニキュアを塗った指で、ストローをつまみ、グラスの中のカフェオレをかき回す。 しばらくして、その男はやってきた。 中肉中背で短く切り揃えた髪をオールバックにしている。前に写真で見たより、ややガッチリとしているだろうか。ライトブルーのポロシャツにチノパン、皮のスニーカーとこざっぱりとした恰好。変に若者ぶった恰好でなくてちょっと安心した。 まあまあ、いいお父さんに見えなくもない。 「どうも」 そう言って、男は笑いながら席に着いた。 私も笑いながら返事を返す。 「どうも」 なんかぎこちない。 まあ、お互い慣れてないから仕方ないか。 「えーと、待たせちゃったかな?」 「いや、私も今来た所」 あえて敬語は使わなかった。 そのほうがいい気がしたからだ。 たぶん、男もそうだろう。 「それで、元気、なのかな」 男が聞いてきた。 あたりさわりのない、いかにもなセリフだ。 「まあね」 私もあたりさわりのない返事を返す。 このままこんな感じで大丈夫だろうか?一抹の不安が頭をよぎる。 すると男が、自分の飲み物を一口飲み、明るい口調で言ってきた。 「なんて言うか、ちょっとびっくりしたよ。思った以上に大人の女性なんだなと思って…」 「やだな。いくつだと思ってんの?」 このやり取りがきっかけで、だいぶ緊張がほぐれてきた。 それから私たちは色々な話をした。 と言っても、主に私が一方的に話していた感じだったが。 学生時代の話や今の仕事のこと、そして付き合っている彼氏のこと。 男は静かに頷きながら話を聞いてくれた。私の目を見ながら。 しばらくして話が途切れた。 しばしの沈黙の後、私は口を開いた。 「私、今、結婚申し込まれてる…」 「え、そうなの?おめでとう!…で、いいのかな?」 私の神妙な顔を見て、男が聞いてきた。 「どうだろう?どう思う?」 質問に、質問で返す私。 「どう思うって言われてもなぁ…。何者でもないただのおっさんが、何か言える立場でもないけど」 「なんかないの?人生の先輩として。こうゆう人ならいいとか、こうゆう男はやめとけとかさー」 少し、意地悪に言い返す私。 「まあ、そうだな…」 頭をかきながらしばらく考えた後、男は言った。 「あなたをきちんと見てくれてるかどうか、じゃないかな?あなたの目を見て話を聞いてくれるのか。それがあれば、多少意見を(たが)えることがあっても、なんとかなる。二人で解決できる。そう思うけどね」 そう言った後、男は自虐的な顔で付け加えた。 「まあ、あまり説得力はないけど」 そう言って笑う男の左手に、指輪はなかった。 「ありがとう。参考になった…たぶん」 くだけた口調で私は礼を言った。 「たぶんか」 そう言いながらも男はちょっと嬉しそうだった。 その後もしばらく、私たちはたわいもない話を続けた。 そして、約束の2時間が過ぎた。 席を立ち、礼を言う私。 「じゃ、今日はありがとう」 「ああ」 しばらく黙った後、男が言った。 「またな…、はないか」 「どうだろう」 私は笑いながら返事を返し、そして男と別れた。 生まれた時、既に父のいなかった私にとって、父娘気分が味わえてちょっと新鮮だった。 そして、なんだか悪くない気分だった。 “父親の振り”、また依頼してもいいかもしれない。 私はスマホのアプリを開き、今日会った“レンタルおじさん”をお気に入りに登録した。
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