神判の日 1

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神判の日 1

 居間の柱時計は午前九時を少し回っていた。  トメがお茶を啜っていると、玄関の扉を叩く音と一緒に昌吉の間延びした声が忍び込んできた。 「茂末さんよ、迎えに来たでー。初詣に行こやー」  トメは湯呑み茶碗をそっとテーブルに置き、ゆっくりとソファから腰を上げた。  玄関まで来ると、鏡に向かって身なりを整えてから扉を開けた。 「いらっしゃいませ。しばらくお待ちくださいましな。今、起こして参りますから」 「あれっ。まだ寝てんのかい、茂末さん」  亀太郎が昌吉の背後から遠慮がちにお人好しの顔を覗かせた。声だけは歯切れがよい。  トメは二人に微笑みながら軽く会釈してそっと扉を閉める。 「なあ、昌吉さんよ。あらあ大した女房じゃい」 「まったくだあ、あの茂末さんの女房とは思えねえ。ええオンナじゃ……」  扉越しに二人のやり取りに聞き耳を立てていたトメは静かにその場を離れ、夫を起こしに二階の寝室へと向かった。  トメは寝室の襖をそっと開けた。夫は横向きでまだ寝息を立てている。  中に入ると、わざと襖を力いっぱい閉めてみた。その音にも気付かない。今度は枕元まで行き、正座して耳元に口を近付けて囁いた。 「あなた、お時間ですよ。お二人がお見えになられましたよ」  夫は寝ぼけて一旦目を見開き、また直ぐに高いびきをかき始める。  トメは夫の肩を揺すった。 「あなた、起きてください。あなた、どうなさるんですか?」 「んー……まだ……寝かせろヤー……」 「あなた、お二人がお見えなんですよ。ねえ、あなた」  もう一度肩を揺すってみる。と、物凄い力で手を振り払われた。ピシャリと音を放った己が手を思わずさする。 「へちゃむくれ!」  夫は大の字に寝返りを打った。  ──へちゃむくれ……?  トメは夫の要求を受け入れ、いっとき寝かせてやることにした。姿勢を正し、黙ってじっとその寝顔を見つめる。  暫くして二度大きく深呼吸を繰り返したのち、自分の顔を亭主の顔の上に持っていった。と、いきなりトメは叫んだ。
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