「風の行方、空の行方」短編【類が最高神祇官になったら+隼人】

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 痩せた小学生の男の子が歩いていた。いっそかわいそうなほど痩せ細っている男子は、しかし食事を与えられていないなどということではなく、単に体質で肉が付かない。至って健康である。彼は本を読みながら歩くという、ちょっと行儀悪いことをしている。  しかしそうでもしなければ帰り道を歩けない。髪も毎回生活指導の先生に叱られるが、前髪は長めだ。  彼はその細過ぎる左手首からずり落ちているが、真珠が四つのブレスレットをしている。今ではめっきり少なくなった能力者であり、霊能力者だった。  今日もいつもの坂道に差し掛かった。前日雨だったせいか湿気が高い。それも気持ち悪いが、類にはもっと気持ち悪いものがある。心を落ち着けてできるだけさりげなく、普通を装って歩いた。類には道路から無数の手が伸びているのが「視えている」。それらを雑草のように踏みしだいて歩く。途中の電柱には頭がザクロのように割れた女の霊が寄り添っている。 (どうして私が……。あっちが悪いのよ、信号が赤だったのに……)  それは昔信号無視で突っ込んで来た車に撥ねられた女性だ。やはり無視して歩く。そしてすぅっと何かがすり抜けて行き、少し寒気がした。やはり交通事故で亡くなった子供達の霊が集団で飛び去った。登校中の子供達に車が突っ込み、次々と跳ね飛ばして合計八人の子供が亡くなった。  ようやく手だらけの道を抜けた。その道は昔川だった。大きな震災の際に火災に追い詰められた人々は川に飛び込んだ。しかし誰も助からなかった。だから今でも「暑い、苦しい」と訴えている。  類にはそれらが視えているし、聞こえているが何も出来ない。……してやれない。まだ子供の自分には。もちろん能力者だからブレスレットを付けているのだが、資格はないし、今の所類に出来るのは「視えること」「聞こえること」、そして査定では「弱」の感応力と、なぜか「小さな猫」を出せることが分かっている。しかしその「猫」だって、今の所何かしてくれるわけでもない。ただ類は「猫」を出せる。  そして半年後には体調を崩して類は不登校になった。あの道を通る以外帰宅する術がないためだ。  その頃になってようやく親は類が霊障に遭っていることに気付いた。無口な上に少し意地を張る性格の類は、「お化けが見える」ことを大人に訴えてなかった。総合病院で身体中検査し、心療内科も受診して分かったことだ。 「身体はなんともないが衰弱している」 「心理面での異常はテストでは見られなかった、となれば能力者であることから霊障に遭っていると考えられる」  そして類は親戚の寺に預けられることになった。元々類の家系は寺を営んでいた。「寺田」という名字はその名残だ。 「魔震」で一度文明が途絶え、国ごと遭難していた日本国。しかし今では「国母、西村香澄」を祖に「新魔人」が増え、諸外国とも昔のように交流がある。そしてそれに伴い宗教も学問の一つとして入ってきた。たまたま寺田家は仏教の一つ「西来天寿教」という宗派の門下だ。まあそれはいい。  類は突然小学校を辞めさせられ、山奥の親戚の寺に連れてこられたかと思うと変な服を着せられ、あろうことか丸坊主にされた。類は某芸能事務所の男性アイドルグループに憧れていて、将来はアイドル、タレントになりたかったのに。 (PHASEみたいなグループに入りたかったんに)  類は鏡を見ては嘆いた。本当に辛い。因みに憧れているPHASEのメンバー「杉元智也」は、今は肩ほどに伸ばした髪をダークブラウンに染め、ワックスやスプレーでセットしている。あんな風にしたかったのに。  そしてそもそもなぜ仏教なのだ。キリスト教でも良かったのに。まだ「神父」だか「牧師」だか宗派によって区別されているが、そっちの方が良かった。天使とかかっこいいじゃないか。  しかし類は基本無口なので、黙って現実を受け入れた。そして修行を早く終わらせ「住職」の資格を取ったら家に帰りたい。その頃にはちょっとした地縛霊や浮遊霊など、なんとかできるようになっているだろう。  寺での生活は地味だった。兄弟子に教わって掃除をしたり食事の支度をしたり。当然坐禅の時間が一番辛い。類は「深い瞑想に入れる稀有な子」と褒められはしたが、単に胡座をかくのが辛い。そして必ず警策で一度肩を叩かれる。地味に痛い。  でも中には脱走する同じ境遇の子もいる中、類は早く行を納めることが安全に出ていける方法だと理解していたので、とにかく日々のことをこなした。それによって能力が高まり、後に色々あるのだが、その時の類には分からなかった。  寺の敷地内は清々しく、禍々しいものは入ってこない。 「これも毎日僕たちが掃除をして、行を納めているからです」  同い年で似たような事情で入ってきた大宮月人は、大真面目にそう言う。類はそんなものかなあ? と思う。そしてなんとなく上を見ると、前方の山へと通ずる森の中、木の上に立っている人がいる。いわゆる天狗だ。  類は天狗とは「その昔山で修業をしていた人たちが、様々な偏見、畏怖の対象として神聖視されていった」妖怪の類だと何かで読んだ。でも確かに目に見える天狗は真っ赤な顔で鼻が長い。団扇のようなものを持って一本歯の下駄だ。自分には視えて確かにそこに天狗がいるのだから、天狗は実在するとしか言いようがない。  それに寺の境内の隅にある祠には、毎日酒を供えている。庭掃除をしているとたまにその酒を飲みに大蛇がくる。三メートルはありそうな体長に、一番太い胴体部分は多分類では掴みきれないだろう。白くて地面に接する腹部分は仄かに黄色っぽいその蛇は、でも穏やかに酒を飲むと去っていく。あれは「良いもの」だから別に寺の中に入って来ても問題ない。  類は他にも尻尾が三本ある狐や、でっぷりとした狸。いわゆる座敷童子と思われる子供を見た。なぜか本で読んだような着物ではなく洋服を着ているが。まあそれらはともかく類は日々の行をこなす。そして霊障に苦しんだ日々は遠いものとなり、健やかに成長した。  ある日食事の支度をしていると、兄弟子の一人、上城幸則に呼ばれた。もう得度を済ませ髪を伸ばしている先輩だ。それも何故か金髪だ。そこら辺は個人の裁量で規則は緩い。 「類くん、藍良先生が呼んでいるよ。一緒に行きましょう」  藍良先生とはこの寺の住職で行を全て納めた阿闍梨だ。つまり類の遠縁にあたる。みな藍良先生と呼んでいる。本人も寺内ではそれで良いと言っている。そして類が寺に預けられてから二年が過ぎていた。  藍良先生はまだ二十五歳の若さで行を納め、異例の速さで阿闍梨になった。そして現在三十歳の美男だ。こんな穏やかで見目麗しい人が辛い回峰行に耐えたとはすごい。回峰行は阿闍梨になるため最後に行う修行だが、決して座ってはいけない。決められたルートで山を歩きながら、とにかく経を読む。当然足は浮腫んで象の足のようになり、体調を崩して脱落する者もいる。類は日常生活に支障ない程度の行を納め、家に帰れたらいいだけなので、いつも先生は凄いなあと思っている。自分ならそんな辛い修行耐えられない。 「幸則くんや宮城くんに聞いて僕も類くんを一日見ていたんだけどね」  藍良先生は涼やかな声で言う。因みに宮城も兄弟子の一人である。 「類くんはもう色々なものが視えるし、会話も出来るんだね。明日得度式をしよう」 「はい、先生」  類は気付かなかった、いつ藍良先生が自分を見ていたのか不思議だったが、とりあえず一歩前進だ。心の中で喜んだ。 「そして長野にお遍路へ行こうか。幸則くんと宮城くん、蘭華くんと四人で行きなさい」  これは類にとっては嬉しくないことだったので、あからさまに肩を落としてしまった。そして慌てて姿勢を正した。 「四人で頑張ろうね」  幸則はそう言うが。長野のお遍路はひたすら山中の札所を目指し、県を一周する。慣れた者は十日程度で行けるが、今年中学生になったばかりの自分の足ではどうなることやら。  藍良先生は穏やかな笑みを浮かべ続けて言う。 「お遍路を経験すると一回り成長出来るよ。もちろん霊障にも対応しやすくなる。元西村家のあった白馬市にも行ける、勉強になるからね」  現在の日本では首都奈良都から愛知県名古屋市を経由し、長野県長野市へHSR(高速鉄道)が通っている。乗り継ぎ時間を入れて三時間程度だ。しかし類は出発からげんなりしている。寺の門下生だけあって白衣に金剛杖(こんごうじょう)菅笠(すげがさ)半袈裟(はんげさ)。なにより辛いのが草鞋なことだ。 (これ絶対明日には足の裏痛くなるやつ……)  そして巡礼袋に数珠や教本を入れ、流石にリュックはアウトドアー用の、軽くてホールド感のあるものを親に買ってもらった。ついでに着替えを減らしても「足裏楽チン! 冷え冷えシート」を多目に買って入れた。  類はおやつを買いたいと思ったが、兄弟子たちは粗食に慣れ切っているので、チョコレートやクッキーなどは食べない。お茶とナッツ、茎わかめなどである。中学生に上がったばかりの類と違い、三人は高校三年生から二十一歳と歳が離れている。最も兄弟子の幸則が年長だ。  そして三時間の移動の間は長野に着いてからのスケジュールの確認をした。 「今回は類くんのためのお遍路だよ。僕たちは二、三回経験がある。そして類くんは初めてだからね。無理のないコースを回るよ」  幸則はそう言うが、全部で八十八箇所ある札所のうち、十六箇所を回る。なんでも八の倍数でないと駄目だそうだ。類には十六箇所でも多い、もう帰りたい。  その頃長野県の某市では、原隼人が車の運転免許取得の為、自動車学校に通っていた。隼人は大学一年生、夏休み中に取ることになったのだ。なんの問題もなく教習をこなし、ついでに夏休み中だけ親戚の営む工務店の雑用のアルバイトをしていた。  この隼人も真珠が四つのブレスレットをしている。感応力は「弱」の一つ上の「並」、そして自然と針を使った結界を張ることが出来た。これは子供の頃遊びで小枝を地面に刺して遊んでいたら出来たことで、やはり霊障に合うことがある隼人は自力でその結界内に逃げたりしていた。  今のところはそれで間に合っているので、特に何か行を納めたり、祭祀庁の関連施設で対処法を相談したりはしていない。  でもある日アルバイト中になんとなく変な感じがした。 「なにか、来る?」  そう、何かは分からないが、自分にとって影響のあるものが近づいて来ている気がしていた。 「お前たちも何か感じてんの?」  隼人は幼い頃から、「普通の人には視えない友達」がたくさんいた。熊や鹿、狸、雉など、野生の動物たちだ。今も外では鹿の群れとツキノワグマが一頭、山の方を見ている。ひょいと山の方を見てみた。 (今日は天狗が多いなあ。集会でもあんのかな)  現在十八歳の原隼人くんは、なんだろうと思いつつアルバイトを終えると家路に着いた。  家に着くと「みなみちゃん」がお茶を飲んでいた。みなみちゃんとは原家に居候している座敷童子の係累だ。やはり隼人にしか視えない。隼人は家人がいないのでみなみちゃんに話しかけた。ちなみに名前はなんとなく付けただけで、あまり意味はない。 「今日さ、山がちょっと騒ついてたんだよね。なんだと思う」 『おかえり隼人、そのことで待っておった』  みなみちゃんは見た目小学一年生だが、古めかしい喋り方をする。 『便りだ』  そう言ってみなみちゃんは桑の葉の便りを寄越してきた。懇意の河童が持ってきたらしい。 『チェケラッ! もうすぐすごい奴が来るぜ! でもまだ能力を使いこなせてない、倒れるぜ〜? みんな助けてやろうな!』  河童はなぜか言葉遣いが変なのだ。隼人はちょっと口の端が引き攣った。 「ん?」  そして隅に小さく書き足してある。 『隼人の運命の相手だYO! 大事な仲間だぜ!』 「えー、女の子? かわいい能力者の女の子が近くに来るけど、倒れるってこと? 俺助けに行かないとダメなやつ?」  途端隼人は浮き足立った。朗報じゃないか。  みなみちゃんは冷静だ。隼人が出したオヤツを食べながら上目遣いで言う。なんせ隼人は背が高い。 『女の子の可能性はあるがな。運命の相手としか今は分からん。わしはなんとなく過去生の仲間のような気がしとる』  ここで母親が帰宅したので会話は途切れた。みなみちゃんは原家全員の気を受けて動いているので、普段はリビングダイニングのある一階にしか居られない。なので隼人の部屋のある二階へは一緒について行かない。 「どんな子かな、楽しみー!」  隼人は桑の葉を見つつベッドに寝転び、ちょっと色んな想像をしてみた。もう女の子だと思い込んでいる。  後日隼人は晴れて免許が取れ、残りの夏休み期間を使い友人の親が所有する別荘へ行った。白馬市にあるその別荘は冬はスキーなどのウィンタースポーツ、春夏は景勝地、避暑地、秋は紅葉が美しい観光地だ。なにより現在の日本人の祖となった「西村香澄」らが住んでいた、「西村家」がある。  移築された西村家は修繕され、観光名所の一つになっている。長浜家、「家」と呼ばれていた西村家の店番の一軒家もだ。ユウと晶が最期を迎えた一軒家は公の記録にないので、すでに失われている。  友人たちとショッピングモールへ行き、夕飯時だからと帰ろうとした時だった。防災放送がかかった。 『白馬市よりお知らせです。熊と思われる悪神により死傷者が出ました。有資格のハンターが後を追っています。これらの地域に該当する方は戸締りを厳重にし、札結界を張ってください……白馬市東区……』  悪神とは昔「魔獣」と呼ばれていたものだ。山が深い地域はいまだに出現することがある。しかも死傷者が出たとは。 「悪神で死人が出たなんて、何年も聞いたことない。早く帰ろう」  人々はそう言って駐車場やタクシー乗り場、駅へと向かっていた。当然隼人たちもそうした。  寺田類は今回の巡礼では四番目の札所にあたる、白馬市へ向かっていた。今日は坂道が多く、アップダウンが激しい。兄弟子たちについて行くのが辛い。 「類くん大丈夫ー? 無理やったら言ってな」  兄弟子の一人蘭華に声をかけられたが、無言で頷いた。どうも人に弱みを見せるのが苦手だ。意地でもついて行ってやる! と思った。だがしかし。無理なものは無理なのだ。めげそうになった時、奈良でよく見かける天狗のことを思い出した。思い出したと同時に自分の後ろに付いてきているのに気が付いた。わざわざ奈良から来たのだろうか?  (だいぶ参っているな、力を少し分けてやろう)  類はなんの力? と一瞬悩んだが、突然身体が動き出した。 「えっ、待って類くん! そんなペースで走ったらあかん!」  蘭華を追い越し、宮城、幸則も追い越した。 「あー、天狗に憑かれたね、あれは」  宮城はすぐに類のモバイルにメールを打った。次の札所に着いたらとにかく休んで待つようにと。  幸則はチラと後ろを見る。わざわざ奈良から天狗が付いて来ている。あの子にそれほどの加護を与えるとは、あの天狗と類は親和性が高いのだろうか?   その時緊急警報が全員のモバイルに着信した。この時代、お遍路だからと言ってとにかく不便で大変な思いをしろとは言われない。計画的に札所を周り、きちんと宿泊施設に泊まる。 「悪神? 魔獣が出たって? ここも出現地区に入ってる。やっぱり急ごう、類くんに追い付いて保護しないと」  幸則はそう判断しタクシーを呼んだ。まだ中学生の類が一人で魔獣に遭遇したら大変だ。  類は、なんだこれと思いつつ走っている。今は憑依された状態なのでとにかく走っている。「元気なお遍路さんねえ」などと言ってくる女性もいたが、大抵が変な目で見てくる。それは足だけが先に動いて、上半身がついて行けてないからだ。 (天狗さま、ちょっと止まりたいです。やめてください)  さっきから話しかけているが止めてくれない。結局札所に着くまで走り通した。多分十五キロほどだ。 「あんた大丈夫? 避難警報が出たからすぐ宿泊先に行った方がいいよ」  類はそれどころではない、呼吸もままならない。無理やり走らされたのだ、身体がもう言うことを聞かない。かろうじてモバイルは見たが、ベンチでへばっている。足が鉛のように重たい、早くお風呂に入って眠りたい。そして兄弟子たちが来てくれるのを待っていた。避難しろと言われても、もう動けないのだ。  その頃悪神は山中でまた一人ハンターを殺した。 「くそ! どこから出てくるんだよ! 気配も掴めないなんて」  全員有資格のハンターがブレスレットを外しているのに、対応出来ない。そして。 「うわあああ! 村上さんがやられた! 土に埋まってる!」 「まて、土を掘った形跡がないぞ。これは……土中に引きずり込まれた……?」  ハンターたちは三人の班で動いているが、すでに一つの班が壊滅した。全員土に埋まっているか、木の枝に刺さった状態で見つかった。その木に刺さった状態もおかしい、肉や衣服が抉れたり裂けたりしておらず、まるで最初からその箇所に人間が挟まっていたような状態だ。  ハンターたちは連絡を取り合い、もう自分たちでは手に負えない、祭祀庁管轄の能力者による警護団に連絡を取った。  類は眠くなってきた、札所の職員がとりあえず一緒に避難しよう、うちに来ないかと話しかけてくれた時だった。 「うわっ、なんだこれ! 離せ! 離せえええ!」  目の前の男性は何か喚きながら前のめりに倒れた。 「助けて、出してくれえ!」  そして土の中に引きずり込まれた。類は恐怖で声も出ない。 「うが……う、ふあ……」  目の前の男性は涙を流しながら鼻の上まで土に埋まり……窒息死した。 (類、ブレスレットを取れ。護りの白獣を出せ)  さっきの天狗が話しかけてきた。護りの白獣とはなんだろうと思いつつ、ブレスレットを取った。 「白獣! 皆を守れ!」  自然と声が出た。そして大きな白猫が札所に残っていた人々を回収し、道の向こうへ逃がした。類はとても怖いがとりあえず目の前の変な魔獣と対峙している。  それはエイのような魔獣だった。長い尾のようなものが付いていて、ギョロリと目が大きく、エイに短い突起がついたような見た目だった。色は茶色っぽいが。 「護りの五芒星」  類は指で五芒星を描くことで結界が張れる。とりあえず身を守った。エイのようなものは尾でその結界を締め付け始めた。ものすごい圧迫感だ。天狗も何かしてくれているようだが、エイには効かない。白獣は爪を出してエイを攻撃しているが、さほど効果はないようだ。類はここで死ぬのかな? なんだこのエイと思った。  隼人は友人たちと別荘へ帰った。各家庭に配布されている札を四隅に貼り、結界を張った。そして桑の葉が落ちているのを見つけた。他の友人には見えてないが、それには字が書いてある。 『十五番目札所である近所の恵泉寺へ行け。昔の友人を助けろ』  慌ててモバイルで場所を調べた。五百メートルほど坂を上ったところだ。  そして隼人は飛び出した。友人たちが後ろから帰って来いと叫んでいるが、走った。 「みなみちゃん! 来てくれたの?」 『何かすごいものが来ている。みなで協力せねば』  原家からみなみちゃんまで来た。そして二人で走った。ちなみにみなみちゃんは正確には飛んでいる。そして現代に合わせてか洋服を着ている。  その頃類はもう駄目だと思っていた。結界をへし曲げる感じでエイが自分に寄ってくる。見た目もキモいし疲れているし、多分もう駄目だ。このまま坊主頭で死ぬのかなあ、嫌だなあと思った時だった。奈良の馴染みの天狗ではない、別の天狗がきた。団扇を振ってエイを攻撃した。 『風の太刀! 烈風!』  エイがちょっと離れた。類はホッとした。 『あーお前、気ぃ抜くなや! 結界を崩すな!』  天狗に言われたので慌てて気を引き締めた。しかしあの天狗どこかで見たような……、天狗なのに人間のような見た目だ。赤くて鼻の長い「天狗の面」を首の後ろにやっている。それにブラウンの髪を揺らしてなかなかの男前だ。類は天狗にも色々あるんだなあと思った。 「見つけた! 走れ針の星!」  その時寺の境内に走ってきた人物が、類の張った五芒星の結界に沿うよう地面に針を投げた。針と言っても長さ十五センチほどで太めのものだ。それはトトトッといい音を立てて地面に刺さった。ようやくエイが離れる。みなみちゃんが引っ張って隼人も結界に入った。 「お遍路さんだね、大丈夫? 他の人は?」 「ちょっと……はぐれて……。後から来るって」 『なあお主、あれの名前を覚えとらんのか? あれは悪神ではない、式神だ』  みなみちゃんは気が付いたので類にそう告げた。 『そうだ、類の式神だ。白獣と同じものだ』  さっきのブラウンの髪をした天狗もそう言う。類はこんなエイ知るわけない、思い出せないと思った。  タクシーで追い付いた幸則たちは、運転手に止められたが寺へ急いだ。そして感応力のない蘭華を宮城が咄嗟に庇った。幸則は目を細める。状況を見極める。 「類くん! 無事で良かった! 経本縛鎖!」  経本を出した幸則は、蛇腹状のそれをエイに投げた。感応力により経本はエイを捕らえ縛り上げた。 『あの者、良い気を溜めておるな。強き者じゃ』  みなみちゃんは感心したらしく、幸則を見ている。 「類くん、それは魔獣じゃない。でも……俺も何かよく分からない。分かるのはそれが『名を思い出してくれ』と言っていることだけだ。思い出して!」  類は怖い、分からない。こんな山の中に出たエイなんか知るわけない。涙が出そうになった。 「みなみちゃん、この子が俺の昔の仲間なの?」 『そうじゃ、まずそこから教えてやれ』  隼人は女の子みたいにかわいいけど、男の子だよなあとちょっとがっかりしつつ、名前を聞いてみた。 「類くんね。俺は隼人。原隼人」 「はやと……」  類は復唱する。目の前のエイは幸則の術を破り、今にも経本を引き裂こうとしている。白獣が威嚇した。 「この子は……護りの白獣で……、お前は」  騰蛇(とうだ)。 「お前は……騰蛇、灼恐の騰蛇」  そして騰蛇と白獣は仲良く一度天へ駆け上がり、帰ってきて類と隼人の周りを何度か走り回った。気持ち悪いエイみたいだった騰蛇は、エイの形は変わらないが白い鱗に顔の下の胴体に羽のようなものが生えている。幸則は溜息をついた。 「思い出した、十二神将だ。大昔の陰陽師が使役していた式神だよ。とんでもないものを操れるんだな類くんは」  そして蘭華だけは見えないので、ちょっと困っている。 「なにか分からんけど危機は去った? さっきの白い光が飛んだので終わった?」  後に騰蛇に殺されたはずの人々は息を吹き返した。そして記憶を少し無くしていたが、みな命に別状はなかった。明らかに死亡した者が生き返ったことを世間に知られると混乱が生じるため、白馬市は祭祀庁の指導の元、とにかく「怪我人はみな回復した」とのみ伝え、報道も祭祀庁から規制が行われた。  そしてようやくホテルについて休めると思ったのに、祭祀庁の能力者が訪ねてきて事の顛末を聞かれた。 「……分からないけど、僕は昔から白猫は出せました。エイ……じゃない、騰蛇は初めて見ました」  類は緊張している。まさか祭祀庁管轄の能力者集団にPHASEの井上繁仁がいたとは。多分ファンはもちろん一般にも知られていない。今はただの白猫の白獣と、ペットかな? という可愛らしさの騰蛇がじゃれ合って遊んでいる。繁仁はそれを見て静かに言った。 「類くんは過去生で白獣を使えた。この調子で転生していったら、十二神将全てを操れる術者になるかもしれないね。僕も十二神将は聞いた事があるけどなんせ魔震より遥か昔のことだ、それらは散逸して今はどうしているか分からない。こうして二体揃ったのは僥倖だよ」  そして類は「特定特殊能力者」として登録し直され、真珠も増やされることになった。お遍路は中断して帰ることになった。  二年後、最高神祇官、佐藤景美弥(かげみや)さまの引退が発表される。そして試験会場で類は隼人と再会する。前世を覚えている佐藤さまこと日景は、試験結果を見て考える。そしてクナトの神にお伺いを立てた。 「クナト神、今回の試験では特出した者がいないのですが、二人一組になると大きな力を発揮する『ペア』がいます。最高神祇官が二人でも良いでしょうか?」 『ん〜、こっちは構わんぞ〜。だがオオナムチの力は一人にしか授けられん、一人をオオナムチにして一人は補助にしたら〜』  ……そんな訳で考えた結果、日景は寺田類にオオナムチを託すことにした。原隼人は新たに設けられた役職「最高神祇官補佐』となった。  日景こと景美弥さまの引退と新最高神祇官が誕生する日が来た。よほど最高神祇官の体調が悪くない限り、それは四月一日と決まっている。  奈良市内で二人の子供を育てあげ、老後を夫婦でゆっくり送っているユウと晶は、一緒にテレビを見ている。 『新しく最高神祇官となられます寺田類さまは、今年中学校を卒業され、現在十五歳でいらっしゃいます。これは歴代では……代前の渋谷さまに続き二番目に早く……』 『歴代でも初となります、実質的には最高神祇官がお二人となります今回ですが、最高神祇官補佐の原隼人さまは長野県出身で、元僧籍におられました類さまとは、長野県でのお遍路の道行きで知り合われたそうです……』  ユウと晶もだが、仲間たちで記憶のある者は、類と隼人は二人一組で結界を張り、補い合っていたことを覚えている。それに類は特殊な式神を使役出来る才能の持ち主だった訳だ。今後も感応力、能力ともに上がっていくだろう。 『またパーレドのオープニングとして、これも祭祀庁神祇部としては初のことですが、アイドルグループによる祝賀ライブが行われます……』 『そのためパーレドの出発地は奈良武道館に変更となっております。武道館では寺田さま、原さまとともに佐藤さまもライブを鑑賞されます……』 『武道館前です。PHASEのファンの中から選ばれたラッキーな一万二千人が待機しています。現在スクリーンでは「継承の儀」、「別離の儀」が生中継されています……』  現在老年のユウと晶は、シゲルから聞いて類が智也のファンだと知っている。だからってよくこんなことが実現したものだと思う。シゲル曰く。 『日景くんは大らかだし、そもそも彼じゃないと、神祇官を二人にしちゃえなんて考えつかなかったと思う。それに世に連れ時に連れ、その時の神祇官の個性で変化する、そんな神祇部でもいいと思うよ。ユウがしっかり基礎を固めたしそれは揺るぎないんだから』  ユウは単にPHASEの人気を更に上げたかっただけでは? と思っている。  その後白地に金の刺繍の束帯姿の類、藍色の束帯姿の隼人が一緒に「継承の儀」に現れ、「美形の兄と弟」のような二人組みに日本中の女性が沸いた。 「類くんあんなプラチナブロンドの髪でいいのかな?」  ユウは初代として地味に清廉にと心掛けていたので、ちょっと気になる。晶は前世では同い年の女子大生だった類は、とてもファッションに気を遣っていたし、いいんじゃないかと思う。  因みに藍良たちと近しい年齢に転生出来なかった日景は、類から話を聞いてかなり落ち込んだ時期があったが、引退したら寺を訪ねようと思う。  類はお遍路で出会った長野の天狗が、律に似ていたので、まさか律は人間に転生しなかったのか? と思っていたが。隼人曰く長野の天狗はみなブラウンの長髪で、お面を付けているらしい。 「どうしてかは知らないけどね?」  この答えを知っているのは律本人とユウだけだが、それはまだ誰も知らない。
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