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「……確かに、場所かえようって、同意したけどさ……」
「なんだよ。不満なのか?」
「当然だ! だってここは――」
壁からごつごつとした岩が突き出している部屋は、まるで洞窟の中にいるような凝った作りになっている。
もちろん床は砂地ではなくそれっぽい色をした清潔な絨毯で、部屋の一角にはテレビや冷蔵庫があり、そしてなにより大きなクイーンサイズの丸いベッドが、ご丁寧にも貝殻を模した天蓋付きで置かれてある。
途中でコインロッカーからアキラのスーツケースを回収し、人気のない路地裏へと入っていく時点で、おかしいとは思ってた。
行き先を聞かなかった俺も俺だけど……。
なんでラブホなんかに連れて来られたんだっ!
「二人きりで話をするにはちょうどいいだろう?」
「そういう問題かよ……」
確かに入ってしまえば人の目を気にしなくてもいいし、防音設備も整ってるだろうけど。
そう言う場所だと思うとやっぱり落ち着かない。
「大丈夫、嫌がることはしない」
「アンタのその言葉が一番信用なんないって知ってるか?」
「ハ……渡瀬が、アキラセンセ抱いてほしい~♡って言うなら考えてやってもいいけど」
「なっ、言うわけないだろ! そんな事っ! ほんとアンタの頭ん中そればっかじゃん」
振り回されるのはもう嫌だと思いながら、こんなやり取りがやっぱり懐かしくて嬉しいと感じている俺がいる。
それはアキラも同じなのか、俺を見る目が慈しむような眼差しに変わった。
ベッドに腰掛け、どちらかともなく視線が絡んだ。
「また会えて嬉しいよ。ハ……渡瀬」
「……俺は、別にアンタとは会いたくなかったけどな」
「……」
アキラの顔が瞬時に強張る。明らかにショックを受けているような表情が何だか可笑しい。
「嘘だよ。俺も……会いたかった。色々と話したいことが沢山あったから」
言葉にすると、会えなかった日々のもどかしさが蘇ってくる。
あの時はショックが大きくてまともにアキラの話を聞くどころではなかったけど、今なら受け入れられるかもしれない。
「聞かせてよ。アンタの本当の気持ち……」
そっと手を握るとアキラはこくりと頷いた。
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