657人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話 悪ふざけもほどほどに
「マジでこの恰好で行かなきゃ駄目なのかよ」
肩まであるこげ茶色の髪、一生縁が無いと思っていた女子の制服。
鏡に映った自分の姿を見て、俺は思わず眉を顰めた。
「大丈夫だって拓海。すっげー似合ってる」
嬉しくも無いお世辞を言って冷やかしているのは、俺が女装しなきゃいけない原因を作った男――鷲野和樹。
「似合ってるなんて言われても、全然嬉しくない!」
足は妙にスースーするし、顔中ファンデーションを塗りたくられて気持ち悪いし、気分は最低最悪だ。
紺色のブレザーに赤いネクタイ。藍色がかったタータンチェックのミニスカートの制服は確かに可愛いと思う。だけど、俺に好んで着るような趣味は無い。
「まぁそう言うなって。負けたの拓海なんだから仕方ないだろ」
「罰ゲームがあるって知ってたら、絶対やんなかった!」
新作ゲーム買ったから一緒にやろうぜって連絡が来て、のこのこと和樹の家に行った俺が馬鹿だった。
罰ゲームって言われた時、どうせいつものくだらないヤツだろうって確認もせずOKしたあの時の自分を本気で殴りたい。
それもただ女装するだけじゃない。和樹がふざけて[女]として登録した出会い系アプリ《リアコイ》で知り合った男と、実際に会って写真を撮って来るって言う最悪なオマケ付き。
何が悲しくて女装した上に、見ず知らずの男と会わなくちゃいけないんだ。
今日は部活があるとかで一緒に来れなかったユキがちょっと羨ましい。
後悔しても後の祭り。実に楽しそうな和樹の手によって、あれよあれよという間に適当にメッセージ送ってきたオッサンと会うことに。
数時間後。何故かノリノリな和樹のお姉さんの手によって、俺は見事な変身を遂げたってワケ。
「拓海君、凄く可愛いよ! 私、前から一度あなたにお化粧してみたいと思ってたのよねぇ」
いや~、映えるわ。なんて言いながら、薄いピンクのグロスを塗り終えて満足そうにお姉さんは自分の部屋に戻って行った。
人間って化粧一つでこんなに変われるんだと、もう一度鏡を覗いて感心してしまう。なんていうか……鏡に映る俺は、全く別の人間みたいだ。
「俺、嫌だよ。こんな恰好するだけでも恥ずかしいのに。大体さぁ、こんなのすぐバレちゃうって」
「ヘーキヘーキ、言葉遣いさえ気をつけてたら大丈夫だって。拓海は元がいいから、体格も背丈も全然違和感ないし」
確かに俺は高一にしては背も低いし、猫っ毛でコシのない柔らかい髪や、中性的な顔立ちのせいで女の子みたいだって良く言われるけど。だからって本物の女の子に間違われるような体格はしてないはずだ。
ごく一般的な男子高校生の身体だと自分では思ってる。和樹だって俺と体格は大差ないくせに、何気にチビで童顔だと言われたようでムカつく。
「拓海だって、どんなヤツが登録してるのか興味あるって言ってたじゃないか」
確かに前にそんな話題になった時に見てみたいとは言ったけど、自分が実際に会うとなれば話は別だ。
いくら相手がリアルでは出会いの少なくてモテなさそうなヤツでも、本物の女と女装の区別くらいつくだろ。もし男だってばれたらどうするんだ。
怒った相手にボコボコにされて、下手すれば刺されたりとかするかもしれない。
思わず最悪の事態が脳裏を過ぎり、首を振って恐ろしい想像を振り払った。
「だいじょうぶだって! 姉貴の制服もちょうどいいみたいだし、充分可愛いよ。拓海が本物の女だったら惚れちゃうかも」
ニヒヒッといやらしい笑いを浮かべながら、女になった俺を入念にチェックする。
「それ、全然嬉しくないし。てゆーか、写真撮ってくるだけだからな! もう、これ以上無茶振りすんなよっ! あと、俺がピンチの時は必ず助けに来いよ?」
これ以上和樹のよからぬ思い付きに付き合わされたりしたら、たまったもんじゃない。
「大丈夫だって。何かあったらすぐに駆け付けてやるから」
へらへら笑って、軽く言い放つ和樹を見ていると不安でしかない。
もし死んだら、絶対に、絶対に化けて出てやる!
「そろそろ時間じゃね? 早速非モテ男の姿を拝みに行こうぜ」
「……うぅ、胃が痛い……」
キリキリと痛みだしたみぞおちの辺りを擦り、自然と大きなため息が洩れた。
早く来いと急かす和樹に背を押されノロノロと歩を進める。
今この数時間だけでいいから電車止まっててくれないかな。
もしくは今この瞬間に突然高熱が出るとか。ミサイルかなんかが飛んできて、外出禁止になるとか。
そしたら、この計画は中止になるのに……。
もしも神様がいるのなら、今すぐこの馬鹿げた計画を止めてください。
鉛のように重い足をなんとか前に進めながら、俺はもう何回目かわからない溜め息をひっそりと吐き出した。
最初のコメントを投稿しよう!