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新大阪駅にて
新大阪に着いた。降車する前に、俺は大量のスウィーツの空き容器を車内のゴミ箱に捨てた。中身が自分の腹に入っていると思うと、急に体が重くなった気がした。
俺は本職の仕事先に赴く前に、通話アプリでワンダ氏を呼び出した。いろいろと文句があったからだ。
「どうして先生が女性だってこと、先に言っておいてくれなかったんです」
ワンダ氏は、しらばっくれた。
「仕方ありません。剛雷音先生が女性だということは、編集部のトップ・シークレットですから。僕の勘では、男性と付き合った経験、ないんじゃないかな。あ、これ全部オフレコでお願いしますね」
目の前が真っ暗になった。
「俺、先生を体の中に入れたまま用を足しちゃったじゃないですか!」
セクハラで訴えられたら、一体どうしてくれるのか。
「先生にはレンタルマンが若い男性だと知らせていましたから、覚悟の上です。平気ですよ」
「こっちは平気じゃありません。あやうく人前で大恥かくとこだったんですから」
「まあ、いいじゃないですか。さっき送られてきた原稿、ものすごくのって書けていたそうなので」
たしかにあの後、先生は好きなスウィーツにも手をつけないほどタイピングに熱中していた。
「ほんと助かります。で、次の依頼ですが……」
「俺はもうレンタルマンを辞めようかと」
「そんなことを言わないで。結構、希望者がいるんですよ」
ワンダ氏の笑顔が、スマフォの画面いっぱいに広がった。
「商売繁盛ですな」
結局のところ、俺はその後も副業を続けている。何だかんだでワンダ氏の熱意に負けた、といった感じだ。
実は、剛雷音先生が声をかけた窓側の席の女性は、青年作家の時も同じ車両に乗り合わせていた人だった。めちゃくちゃ好みのタイプだったから、そのうちにまた出会えるんじゃないかと期待している、というのは内緒の話だ。
レンタルマンを始めて、およそ半月が経った。これまでラノベ界の鬼才と呼ばれる売れっ子作家や、口から出る言葉がそのまま文学作品になりそうな天才作家、テレビで辛口コメンテーターとして知られる大御所など、さまざまな先生がレンタルマンを利用した。
「ところで、大御所の代表作って何でしたっけ」
「昔のだから、樽一さん見たこともないでしょ。『月は燃えているか』です」
ワンダ氏いわく、何十年も昔の作品だから、知らなくても構わないそうだ。
「それよりも、荷物届きましたか?」
明日の利用客となる人気ハードボイルド作家の、愛用品なるものが送られてきていた。舶来の両切りタバコと、中身の入ったスキットルだ。
「仕事あるから酒は飲みません。それに俺、タバコは吸いませんからね」
「ただの飾りですよ。どちらも実際に飲むわけじゃありません」
ワンダ氏はそう言うと、節分の鬼の面みたいな相好を崩した。
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