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レンタルマン誕生
俺は樽一廉、サラリーマンだ。見た目はふつうでも、100万人に1人という特殊な体質をしている。
俺はいつでも他人の魂を自分の体に引き込めるし、望めばそれを押し出して戻ることが可能だ。その個性を活かして、時間も体力も無駄に使わない楽な副業を始めた。自分の体を他の人に貸す仕事、名付けて「レンタルマン」だ。
俺は会社の仕事でよく新幹線に乗る。東京・新大阪間の片道およそ2時間半、往復5時間を週に3回以上を移動するためだけに浪費しているのだ。
飛行機ならもっと早く着くけれど、俺は乗れない。料金が高いのと、空の高いところを飛ぶと色々やばいことが起きてしまうのが理由だ。
困ったことに、会社は新幹線の自由席特急券しかくれない。指定席やグリーン車に乗りたければ、自腹を切れというのだ。もちろん仮に飛行機に乗ったとしても、鉄道運賃との差額なんて出ない。ケチくさい話だ。
そこで俺は考えた。せめて指定席が買えるていどに稼げる副業はないだろうか。それも読書をするか、弁当を食べるくらいしかすることのない新幹線の中で出来ることなら、時間の有効活用にもなって最高だ。
レンタルマンの最初の客は、古浦津ワンダという編集者だった。
「まさに、タイム・イズ・マネー、ですな」
ワンダ氏は大阪アクセントの東京弁で、そう口にした。リモート動画の画面に映る相手が東大寺の鬼瓦かというくらい強面なので、違法薬物と聞き間違えたが、どうやら違うようだった。
「ええ、時は金なり。だからこの商売を考えついたんです」
「仕組みについて、具体的に説明してもらえますか」
ワンダ氏は腕を伸ばして、まだ二十歳そこそこのやせぎすな男性を画面の中に引っ張り込んだ。
「こいつに」
レンタル代を払うのはワンダ氏だが、実際に俺の体を利用するのは、投稿サイトからデビューしたという、気の弱そうな青年作家だった。
こうして、俺のレンタルマン業は始まった。
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