6人が本棚に入れています
本棚に追加
10 プレゼント【やぎ座】
妹の美月が失恋した。同じアルバイト先の仲間に。
美月は居酒屋で働いていて、週一ペースでお客として通っている私も、片想いの相手・柚那くんを知っている。
たしかにカッコいいとは思う。生まれた性に違和感を持ち、男性として真摯に生きようとする姿もまぶしい。
だけど美月じゃない子を選ぶなんて、センスがないと思う。
占い師になりたい美月は、失恋後、それまで以上に占星術に熱心になった。
私を占うことも多くなった。
「お姉ちゃん、恋愛運上昇してるっぽいよ。今月の誕生日に、彼から何かもらえるんじゃない?」
そんなことを言っていた。
とにかく明るくて、やさしい子なのだ。
私の片想いの相手は、誰にも、美月にも打ち明けていない。美月のアルバイト先の店長さんだ。
私より三歳年上の三十五歳、もちろん独身。笑うと目がなくなるようなところがかわいい。そのくせ頼れる感じの人で、肩幅が大きくて声もいい。
ついでにいえば、店長さんの居酒屋でアルバイトをしている、歌手でもある妹ちゃんもかわいい。
お店に行くと私のことを、店長さんは〝まなちゃん〟と呼んでくれる。
それを聞いて、嫉妬するアルバイト女性がいることに私は気づいている。
なんというか、昔から敏感なのだ。私は人との関係性に敏感すぎて、輪に入ることに疲れてしまうのだ。
だけど店長さんは、真面目になりすぎて身構えて、一歩引いてしまう私を、あのやさしい眼差しで見てくれる。「まなちゃん、もっと肩の力抜いて飲んだら?」、そんなことを言ってくれる。
それが営業トークでもなんでも、うれしいのだ。だから今夜もこうして、店長さんのお店のカウンター席でワインを飲んでいる。
「真奈果さん、こんばんは。お隣、いいですか?」
声をかけられて、我に返る。常連客の女の子・みっちゃんだ。
私は「もちろん」と、椅子を勧める。座った彼女はちょうどカウンターの中にいた、アルバイトのりつくんに、生ビールを注文した。
ちなみに、りつくんは、みっちゃんの彼氏だ。
「カンパーイ!」
私たちはグラスを掲げ、それぞれのお酒を口にした。一気に6口は飲んだと思われるみっちゃんが、「ぷはーっ」というお決まりのリアクションをしたあとで、「そうだ、これ」と、私に一枚の白い紙を差しだす。
「明日、真奈果さんお誕生日でしょ? おめでとうございます。これ、私からのプレゼント!」
広げると、それは印刷されたQRコードだった。
「なあに、これ」
「ある人のLINE。しょうがないから私がキューピッドになってあげようかなあって」
「ある人?」
「連絡してみればわかるから!」
みっちゃんは満面の笑みで、それについては口を閉ざした。
私たちは互いの仕事の愚痴をこぼし、飲み、食べた。ときどき店長さんをこっそり見ては、目であいさつを交わした。
そうして帰宅後、恐る恐る例の紙を広げ、スマートフォンで読み取ってみる。
店長さんの名前が出た。
まさか……いや、もしかして、とも思ってはいた。ほんとうに店長さんだ。
やだ、みっちゃん、なんで。
LINEを打ったものの、仕事中の店長さんから返事はなく、待ちくたびれて眠ってしまった。
深夜、枕もとで返信を受け取ったことに、私は朝まで気がつかない。
まなちゃん、連絡ありがとう。
お店ではちゃんと話せなくて、ごめんなさい。
日付が変わったから、今日が誕生日だよね。
おめでとう! 近いうちに、会えませんか?
よかったら、ふたりで。
了
最初のコメントを投稿しよう!