11 さよなら 【みずがめ座】

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11 さよなら 【みずがめ座】

 駆けだしの画家、という肩書は、いったいいつまで通用するだろうか。  絵だけでは食べていけず、みっちゃんと呼んで甘えている彼女との暮らしで、経済面でも頼りっぱなしだ。  居酒屋と絵画教室でバイトをしているものの、働くと絵に集中できないし、絵に集中すると働けないというメビウスの輪から抜けだせないでいる。 「そんな思いつめなくてもいいよ。りつくんは、りつくんのペースで行けばいいよ。りつくんに足らないのは、自信なんじゃないかな」  ワインでほろ酔いのみっちゃんが、いつものぽわんとした笑顔で言ってくれる。 「ほら、この前描いた白ウサギの絵、すごく素敵じゃん。あれ、個展の目玉にするといいよ」 「白ウサギ……白虎ね、あれ」 「ああ、それ、白虎! ごめんー。だって、りつくんの絵は抽象的でよくわかんないときもあって。そこがいいんだけどね。ああ、このワイン、おいしー!」  今日は僕の誕生日で、みっちゃんが手料理で祝ってくれている。  ひとつ年上の彼女の家に転がりこみ、同棲をはじめて3年。  僕は26歳になった。  このままでいいんだろうかと、ずっと考えている。  僕のみずがめ座と、彼女のおうし座の相性は最悪らしい。占いに夢中なバイト仲間が、先日、忠告してくれた。このタイミングでそれを知るのもまた、何かの導きだろう。   退路を断つことも大切だと、もうひとりの僕が僕に呼びかける。 「りつくん、こんどの休み、プレゼント買いに行こうよ。何がいい?」 「……れよう」 「え?」  僕の声は小さくかすれ、彼女に届かなかった。  別れよう。  もう一度言いたいのに、声にならない。頭ではわかっていても、とても言いだせない。  首をかしげる彼女が、僕を見つめる。長い睫毛に、黒目がちの瞳。淡い桜色の頬、口角の上がった口もと。  白い首もとには、僕のあげたネックレスが金に輝く。そして青いセーターで隠れている小さな胸、ちょっとふくよかなお腹のヘソのわきのホクロまで、ありありと脳内で再生できる。   すべてがそのまままるごと、完全なるみっちゃんだ。  みっちゃんは僕の言葉を待っている。だからこそ、何か言わなくてはならない。  しょうがないから、僕は彼女をまっすぐ見つめた。 「みっちゃん、僕にはたいせつな人がいるんだ」  逃げることは、もうやめよう。 「……ん?」 「その人と、これからずっと一緒にいたいんだ」 「……うん?」 「だから、みっちゃん。僕と結婚しよう」 「…………うん!」  これもある意味、退路を断つということだ。  いっぱしの画家になる。なってやるんだ。  今日からは自信を持って、絵に対峙する。もっと器用にこなしてやる。  足らないのは覚悟だったのかもしれない。  さよなら、今までの僕。                              了
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